2024年12月01日配信
JTBF 広報委員会
タイとの縁が育んだ成長を、新たな価値の再構築へ
世界がトランプ関税に揺れています。時計の針を100年戻すような、むき出しの自国第一主義に日本やタイを含めた世界が戸惑っています。自由貿易を前提として、各国が産業的な役割を分担し貿易を通じて製品やサービスを流通することで、世界全体で成長することが当たり前だと思っていた常識が挑戦を受けています。
哲学、宗教、価値観などが反映されやすい政治の世界では、既に自国第一主義的な動きが目立っていましたが、合理性に基づくはずの経済の世界でも、価値観や、あるいは偏見に基づいていると思われる政策変更が起きてしまうことに、とても驚いています。
一体なぜこうなったのでしょうか。おそらく、変化によって既得権を失う勢力が巻き返しをしているのでしょう。豊かだったグループが衰退するときに、世の中の仕組みをむりやり非合理的に変えて、場合によっては世の中全体の進化を止めてまで自分たちの利益を回復させようとする動きが強くなっているのでしょうか。ロシアが、他国の主権を無視して旧ソ連勢力圏に固執して起こしたウクライナ戦争や、欧州の民族主義的極右勢力の台頭、アジア中進国での軍部などの既得権勢力による政治介入はその事例でしょう。トランプ関税も既得権勢力の巻き返しなのでしょう。いち早く移民としてアメリカに住み着き、産業革命以降の成長の果実を享受してきた、過去の豊かさを懐かしむラストベルトなどの白人ブルーカラーが、相対的貧困に沈んでいることに不満を爆発させたことが根っこにあるのでしょう。彼らに火をつけたトランプ氏が権力を獲得し、自分たちではなく、自分たち以外の人に富をもたらしたと彼らが信じている自由貿易の仕組みを破壊することで、自分たちの豊かさを取り戻そうとしているのだと思います。この破壊衝動の発露が、トランプ関税であり、まさに不合理この上ないと思います。
ただ、人間の歴史は、このような成長による変化と、既得権者との軋轢を繰り返してきています。民族紛争、宗教対立、原始資本主義による階級対立、その結果としての戦争や革命が起き続け、また、武力装置である軍が国内支配力に変化していくことが繰り返し起きています。
人間の歴史のダイナミズムで理解すれば、トランプ関税も歴史の一コマに思えます。もちろん、影響は大きく、利害対立によるあつれきはきしみを上げ、大きな混乱が起きることは間違いないですが、世界戦争に比べればはるかにマシでしょう。おそらく変化にともなうトランプ関税のような利害対立は、いずれ水が低きに流れるように解消するのでしょう。経済は合理性で成り立っています。共産主義が消滅したのも合理性の結果だと思います。トランプ関税のような自国優先の部分最適では、人類全体の全体最適を超えることはないです。例えば、関税対応のためにアメリカ国内で生産するための工場を作ろうとしても、過去5年で40%コストアップしている建築資材を使って、移民の減少、追放で建築労働者が不足するなか、長い工期にて高コストで建築し、日本の2.5倍の給料を払って工場労働者を雇用して生産してもアメリカの消費者が満足する生産活動が行えるとはとても思えず、結局、落ち着くところに落ち着くのでしょう。時間軸は分かりませんが。
ただ、人類が直面しているのは、トランプ関税のような、過去の歴史の繰り返しのような小競り合いではなく、地球の歴史46億年の中で、たかが20万年前に誕生したサピエンス族が経験したことがないようなすさまじい環境変化です。いずれ氷河期が来るという説もありますが、たった200年のエネルギー大量消費時代のツケを払わせられる人類が、万年単位の変化をソリューションにするのは、全く合理性のない話です。
全ては合理性です。数学や科学で説明できない情念で起きることは結局長続きしないのです。もちろん目先の問題を解決していくことは大事ですが、国際社会で中長期的なビジョンを共有して仲間を増やすことの重要性は何も変わっていないのです。トランプ関税は非合理的であり、いずれなくなるでしょう。合理的に解決しなくてはならない本質的課題に、全体最適の視点で国際社会がしっかりと取り組んでいくことを促していく、日本とタイがそのパートナーであり続けることを、心から祈っている今日この頃です。
佐藤誠治
JTBF副会長(兼 関西エアポート株式会社社外取締役、東京貿易ホールディングス株式会社社外取締役)
元 三井住友銀行バンコック支店長