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JTBF訪タイ・ミッション2010 (2/01-2/04)

観光視察報告

加藤寛二(JTBFロングステイ委員会)記

2010年2月04日(木)
参加者:  (JTBF) 本村、吉田、加藤

今やJTBFの年中行事になった訪タイミッションに今年も参加した。

ミッション行事の一つである小旅行については、「日本人が余り行かないが、タイ人には人気のある観光スポット」としてタイ観光庁から推奨されたバンコクの東部チャチェンサオ県にあるワット・ソートン(Wat Soothon)と百年前に開設されたという市場「タラート バーン マイ」が今回の訪問地である。観光視察の参加者は、今回は何時になく少なく本村金融委員長、吉田教育支援委員とロングステイ委員の加藤の3名のみとなった。

2月4日(木)マイクロバスで Intercontinental Hotel を09:00に出発し、プルンチツトから高速道に乗り、ラマ9世通りを経てモーターウェイを東南に走り、約1時間でワット・ソートンに到着。この寺は土日に参拝者が多く、ウイークデイはそれ程でもないと言うが、木曜日というのに何処からこれだけの人が来たのかと思える程の人の群れである。入り乱れた老若男女の中には働き盛りの人も多くいるのに仕事はどうなっているのだろうか?と同行の3人が首を傾げる。礼拝所の入り口付近では十数名の踊り子によってあのタイダンスが奉納されていた。

日本語を喋るというタイ人ガイドの説明では中々要領を得ず、何だかよく判らないまま人混みにもまれながら礼拝場に入る。線香とろうそく、蓮の花束と更に数㌢角の紙に挟まれた4枚の金箔を合わせて20バーツで買い、靴を脱いで皆が熱心に拝んでいる礼拝場へ。 線香立て用の大きな壷に線香を立て、直系数センチ、長さ数メートルの金属製横棒にろうそくを立てる。花束は花束受けに置いて次の部屋に。ここでは人体より少し大きい程度の仏の座像が数体置かれており、参拝者はそれぞれに仏像に金箔を貼り付けて熱心に拝んでいる。多分、膝だの胸や頭など自分に痛みや欠陥のある場所の治癒を願っているものと推測し、自分は頭に金箔を張りつけてボケが来ないようにと祈った。



大きな籠に卵を一杯に詰めてお供えしている人があちこちに見られる。お願いが叶えられたお礼に卵好きな仏様に献上しているとの説明である。タイのラッキーナンバー9に因んで99個の卵をお供えしているらしい。でも卵好きの仏様はワット・ソートンの仏様だけだそうだ。

確かに日本人の姿は見掛けなかった。僅かな欧米人と他は全くタイ人の老若男女ばかりで、中学生らしい一団も見掛けた。タイ語の話せる吉田さんが聞いたところによると中学2年生の課外授業だとのことであったが、殆どが携帯電話を持っていた。

この寺では賽銭が一日当たり20万バーツ、土日には60万~100万バーツが集まるということである。 投げ銭をしている場面は見受けられないので、線香と花代として支払った20バーツを賽銭と言っていると仮定して逆算すれば、平日で1万人、ウイークエンドで3万~5万人の参拝者が訪れるということになるから相当な数だ。

賽銭の金額からも推測出来るようにこの寺にはお金が有るらしく、天を突くような尖塔を持つ壮大な大理石作りの本堂を6年前に建立している。その他に従来からある礼拝所や各所に配置された宿坊がバンパコン川の川岸に広がる広大な敷地の中に点在している。

本堂の内面はは総大理石つくりで、祭壇の上部は星座を模した格天井造りであり、床は一面がグレーを基調とし、色の異なる大理石を象嵌のように埋め込み様々な動物の絵模様を描いて磨きあげられている。この絵柄は江戸期の絵師伊藤若冲のそれを思い出させるものがあった。何故か、その床に座り込んでプリントを広げて学習をしている一団があるかと思えば、小学生風の子供が座り込んで床の絵を写生したりしている。

バンパコン川に、3体の仏像が沈んでいたが、そのうちの1体だけが引き上げられて祀られているとのことである。仏像は他にも十数体あり、礼拝所の仏像には近づいて触れながらお祈りができるが、本堂のそれは仏体も大きく、麗々しく高所に祀られていて近づくこともできないし、線香をあげることも禁止されている。

寺の敷地内に船着場があり、始めの計画ではここからバンパコン川をグルーズしながら次のスポットに移動する予定であった。しかし、満席で船に乗れないかも知れないというし、1時間も待たなければならないということもあってクルージングを諦め陸路で移動することにした。

寺から車で数分のところに百年前に造られたタイでは最も古いと言われる市場がある。市場の名前は「タラート バーン マイ」、古い市場なのに「新しい家の市場」という意味だ。確かに建物は古く、3メートルそこそこの通路の両側に棟割りになった店が連なっている。奥が住居で表を店にしている感じである。土日に市場が開くので、我々が訪れた木曜日は市場は休みだが、表通りから近い場所の店だけが開いていた。日本の昔の駄菓子屋風の店が並んでおり、確かに古い市場の風情を感じさせるものがあった。全店が開いていないので途中で引き返したが、店の数は全部で269店もある模様であった。市場の通りの一角に歌手でチェンマイで客死したテレサテンの写真が飾られていた。東南アジアが好きだったと言う彼女もここを訪れて足跡を残している。

今回の観光視察は、初めて訪れたこともあって見るべきものがあったと実感した。しかし、視察に先立ちタイの書店に立ち寄り、「ワット・ソートン」について予備知識を得ようとしたが、日本語のタイ・バンコク観光ガイドブックには全く記述が見付からなかった。同行の吉田氏の話では、タイ観光庁が持っているチャチェンサオ県の英文観光ガイドブックには記述されているとのことである。これでは日本人の一般旅行者がここを訪れる切っ掛けが得られそうもない。「西のワット・プラケオ、東のワット・ソートン」とガイドが説明する程の名所に関して、日本語ガイドブックがないというのも不思議な話である。筆者自身も7年間も在タイしながらその存在を知らなかったこともあるので、日本人ロングステイヤー数人に聞いて見たが、誰一人知っている人は居なかった。

タイ観光庁自身が述べているように、「4万6千人も居ると言う在タイ日本人にタイ観光について力になってくれることを期待している」というからには、日本人にとってこのような隠れた名所をもう少しアピールすべく、日本語ガイドブック等の整備や力の入った観光宣伝をすべきだと感じる。

一通りタイを見て廻ったと自認する人達をリピーターとしてタイに呼び寄せる方策として、もう少し深堀りした観光スポットに脚光を当てることが重要ではないだろうか。今回もそうであったが、タイ人の日本語ガイドがいまいち頼りなく、こちらの質問を誤解して聞き取って決まり文句のみを並べるなどで、本当に聞きたい歴史的・地理的背景等の満足な説明が聞けなかったのは残念であった。水谷観光委員長が力説されるように「観光ガイド」の質の向上が急務だということを殊更実感させられた。



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