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☆☆ナコーンパノム、ムクダハーンへの旅☆☆


JTBF恒例のタイミッションの機会を利用して、観光委員会が実施している小さな旅、今年2013年は、2月6日、7日の旅程でナコーンパノム、ムクダハーンへの旅をしました、都会とは違ったタイの地方の魅力をお伝えします。7名のJTBF会員(水谷和正、奥村紀夫、加藤寛二、西条正和、布施隆史、本村博志、指宿順)が参加しました。今年もタイ政府観光庁から協力をいただきました。お礼を申し上げます。

報告は3回に分けて配信します。2013年5月1日は、水谷和正が総括的な報告を行いました。⇒ナコーンパノム、ムクダハーンへの旅(1) 6月1日と7月1日は旅のスポットや印象に残った事等に、焦点を当てて報告します。

~旅の印象あれこれ~

二つの朝陽

2013年2月17日
JTBF会員:本村博志

イサンの旅は、記憶に残る素晴らしい旅でありました。特に、メコン河の両サイドからの夕陽、タイサイドからの朝陽を拝むことが出来幸せであります。素晴らしい友人と巡る旅ほど愉快痛快なことはありません。 即席で作成した詩を添付しました。

Sunrise over Mekhong River, view from Nakhon Phanom

二つの朝陽
―ナコンパノムにて―

平成25年2月17日 本村博志


メコン河の畔(ほとり)にて
独り佇む山の町
ナコンパノムの朝まだき
遠くには雄鶏の朝を告げる声頻り
近くには名も知らぬ数々の
鳥が耳を楽しませる
朝霧の中で眠るかメコン河
大河の流れは此処に来て
少しく痩せるも悠と行く
自らを主張しないラオの山
墨絵の中に溶け込んで
ナコンパノムの朝まだき

ようようと東(ひんがし)の山に
               うっすらと
曙光をわずかに認めしが
刻々と辺りの色調移り行き
須臾にして紅の朝陽勃然と
その片鱗を現わせば
眼前に待ちに待ったる朝陽あり
母なるメコンの朝陽有り
ナコンパノムに朝が来る
我酔いしれて暫しまどろむか
悠たるメコンと朝陽とで
3身一体と化しにけり
何と豪奢な贈り物
固唾を飲んで見つめれば
朝陽は不動に見えて徘徊を
静かに静かに始め出す
少しく風を含んだか
メコン河のさざ波に
雄たるメコンの朝陽あり

影は陽と共に相和して
共に戯れ輝きぬ
ナコンパノムに朝が来る

鳥の鳴き声止まざれば
独り啼鳥を伴奏に
双日の演舞を独り占め
過ぐること半時か
至福の時が移るとき
既に川面の陽は、はたと消え
双日おのおの分散す

此は真か幻か
暫しの夢かと我に問う
メコンの朝陽に酔いを知り
共に遊びし小半時
陽は既に遙かなり

イサーン・ラオスの旅、雑感 (7人の侍の珍道中)

2013年2月19日
JTBF会員:指宿 順

平均年齢は優に70を超える7人の侍。タイ東北部及びラオスへの観光団(視察団?)だ。食べ、呑み、観、撮る。その迸る好奇心、探求心、迫力にはたじろぐ思いだ。奥村さん等はカメラを構えると人相が変わる。

嘗てタイ国で Big Business の代表として重責を担った面々。世の事共、森羅万象、全てに一家言持つ。幸か不幸か、その一家言の是非が厳しく詮議される年齢は疾うに過ぎ、平穏に時は流れる。

メコン河に架かる2本の橋をタイ側で観た。一本は日本政府資金援助で、日本の業者が施工。もう一本はタイの最大手ゼネコンの施工。 前者の橋の袂にタイの観光客の一団が居た。「工事中事故があり多数の犠牲者が出た」と、ガイドが無表情にサラリと説明していた。ドスンと腹に応えた。辛い。因みに後者の橋では重大災害は無かったと言う。(後日確認済)色々思いは巡った。

ラオスに渡り、洞窟等を観る。暑い。給水、トイレ等、観光インフラの不備は覆うべくもない。しかし考えてみれば、40数年前、タイ国でも、アユタヤ、スコータイ、ピマイ、パノム・ルン そしてあのパタヤでさえも、この種インフラはお粗末だった。今のラオスに文句を言う筋合いではないかもしれない。
この種の不便を「異な体験」と喜ぶには自分が年を取り過ぎたと言うことか。観光施策と言うのは、何処に照準を合わせるかで大きく変わるのだろう。狙いは金持の老人?バックパッカー? 間違い無いのは、こちらは、年を経て「地球の歩き方」ならぬ「地球への文句の付け方」ばかりが上手くなって来たことか。

この旅のハイライトは2回の昼食、2回の夕食だった。何れもメコン河畔(タイ側)のレストラン。世界を股に掛けた達人が何人も居り、ちゃっかりワインは元・仏領印度支那で調達。料理は新鮮、プラーブッ、プラ―・ヌア・オ―ン、地場野菜等々。地産地消の鑑。廉価で豪華な食事が楽しめた。段取りされた方々の英知にシャト―・メーコン・ロートシルト?で乾杯した。

この辺り、メコン河の中央は白い砂州。まるで長須鯨が背泳ぎして腹を見せた様に見える。「乾期はいつもこんなものですよ」とガイドのヨン君が言ってたから、これで好いんだろうけど、若かりし頃見た、滔々たる大河メコンの流れとの違和感はぬぐえなかった。記憶の情景、多分この辺だった筈だけど・・。

ナコンパノムへの帰路、7人の侍の一部の人の好奇心はこの方面に於いても強かった。3年連続でミス・タイランドを輩出したと言う「ワットタートレヌ―」へどうしても寄ると言う。目的のお寺の境内に着いたが、黄昏が迫り、人影も無い。やっとバイクに乗った熟女2名と遭遇。女性であることには間違いない。色々話して「ジンケー・ジンマン」と言うとニッコリ微笑んだ。「ソンクランのお祭りに来なさい。若い綺麗な娘が沢山繰り出しますよ」と言っていた。水谷さんは行くかもなあ。因みに「ジン・・・」の後半はこの7人の侍の「会」の名前になった。「ジンマン会」である。 意味? 言わぬが花でしょう。


ラオスの洞窟

2013年2月27日
JTBF会員:加藤 寛二

ナコーンパノムから第三友好橋を渡りラオス側に入って数十分走った辺りに広がるナンエン洞窟(確かこの呼び名でよかったと思うが)は流石にラオスの洞窟といえるほどの雄大な規模と神秘さを以って我々を迎えてくれた。

洞窟の入り口に近づくに連れてひんやりとした空気が漂ってくるのは、今までマイクロバスで暑さの中を走って来た身としては全く有り難い涼気である。

洞窟内は照明灯がなければ恐らく真っ暗闇で何も見えないであろうが、高さ数メートルもある空洞の中に鍾乳石が多種多様な動物の不思議な形や人体の部分の形を形成し散在する様は、これが人による造形物でなく自然に形成されたものであるだけにひとしお神秘さを感じるのであった。

人の身の丈より大きい見事な男根のオブジェを前にして、恰もアニミズムの信者のように思わず手を合わせて拝んでいる自分が居ることに我ながら驚いたものだ。

薄明かりに照らし出された洞窟の奥にどす黒い水面が認められ船着場もあると言う。小船に乗って小一時間も行かないと反対側の出口に到達しないらしい。反対側の出口近くに女性性器のオブジェがあるというが、とてもそれを観に行くような時間がないというので入り口のさわり部分のみを観て引き返した。それほど奥の深い広大な洞窟であるだけに反対側の出口から吹き抜けて来る風によって洞内が冷やされることが理解できた。

僅か30分ほどの洞窟探検であったが、美しい自然の造形のかずかずに感動を呼び起こされたひと時であった。







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