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プーケット訪問記 (2006/1/31-2/1)

寄稿:JTBFプーケット視察チーム      


一昨年12月インド洋大津波により甚大な被害を被ったプーケット(註1)、そこを訪れる日本人観光客はまだ完全には元に戻っていないという(註2)。JTBF(註3)は2006年1月末から2月始めにかけてタイ・ミッションを派遣したが、その一環として1月31日~2月2日、視察チーム5名でプーケットを訪問した。外国人が多く訪れる観光スポット(パトン、カマラ、スリン、パンタオ等ビーチ)を見てまわり、また現地観光関係者(プーケット県庁、観光局、観光協会、日本人会等)とお会いし、現地の声を聞く機会を持った。

以下、われわれの見た復興状況である。復興後のプーケットに関心を寄せる日本人観光客の参考になれば幸いである。


1.主な観光スポットの状況

  • パトンビーチからスタートして、カマラ、スリン、パンタオ各ビーチの現状を見てまわった。ビーチは勿論、ホテルやみやげ物店その他の観光施設は完全に復旧していた。特にビーチ沿いは殆どリニューアルだったと思われ、それぞれ真新しい。パトンからカマラに至る途中小学校校舎がまだ再建中だったのが目に付いた。過去一年間観光施設の復旧に追われた結果、最後になったものと思われる。ようやく復旧にも一段落ついたあらわれであろうか。
  • 写真はパトン・ビーチ。午前中もまだ早い時間だったが、海水浴客を迎える準備は整っており、数時間後の賑わいを彷彿させる光景だった。

  • カマラビーチはプーケットで最も大きな被害を受けた所である。我々が訪れた時ビーチは既に賑わっていた(写真左下)。
  • ビーチの中核にあるカマラビーチホテルのオープンカフェでは、のんびり遅い朝食を楽しむ観光客の姿があった(写真右下)。海岸沿いのこのホテルは壊滅的な被害を受け、昨年8月ようやく営業を再開している。

  • スリンビーチ、バンタオビーチは、海底地形の関係でそれほど大きな被害は受けなかったようである。どちらも海の美しさ、砂浜の美しさはまた格別で高級リゾート地の風格を保っていた。

  • 我々一行は前夜パトンビーチにあるホテルに宿泊した。パトン市街は歓楽街でもある。夜のパトン街には、復興後オープンしたバーやディスコ等が急増し、タイ独特の凄まじい騒音の中で人が入り乱れていた。そもそも、プーケットに一番最初に住み着いたのはシージプシーといわれ、彼らによって広くヨーロッパに知られるようになった。それがパトンの源流であり、津波被災後真っ先に復興に寄与したのも彼らであろう。それにしても、違和感を禁じえなかった。日本の中高年層観光客にとって、パトンビーチだけであったらそれほど魅力は感じないと思われる。パトンは歓楽街としての役割を持つとしても、他の地区は美しい自然と調和し楽しめるような発展をして欲しいという願いを、一層強くしたのである。

2.津波警報システム

  • 写真右下は真新しい津波警報タワー。パトン・ビーチに設置された3基のうちのひとつ。プーケット全体で26基という。タイ政府はアンダマン沿岸6県62箇所に警報タワーを設置する計画を発表しているが、現在そのうち半分が稼動開始したという。警報タワーおよび警報システムは、タイ政府及び県行政府が目指してきた安全イメージの向上に大きく寄与するものと思われた。
  • この津波警報システムは、稼動テストを繰り返しながら信頼性を上げてきている。また避難訓練も何回か行われている。この状況については、日本人会復興サイトのローカル紙記事収録の中で随所に触れられている。また首相府スラナンド・ヴェジャジヴァ大臣は、被災一周年追悼式典で行ったスピーチで、過去1年の経緯を総括しシステムの完成を宣言し、かつ継続した努力が払われることを述べている。特にシステムの鍵を握る津波センサーについて、Sea-Level Gauge を2基タイ海域に設置済であること、また2006年3月までにミャンマー、ベトナム、フィリピン海域にも設置されることを報告し、感知精度を更に高める努力が継続されることを強調している。

3.犠牲者の慰霊碑

  • カマラビーチホテルの近くに津波犠牲者の慰霊碑があった。プーケット日本人会が中心となりタイへの進出企業等の協力を得て建立され、昨年12月26日の一周年追悼式典(註4)で除幕式が行なわれた。 「久遠の凪を願う」と刻まれている(写真右下)。
  • 日本人にとって慰霊碑は特別な意味を持つと思われた。日本人のメンタリティとして、観光は遊びであり、多くの死者を出し行方不明者が残る地を遊びで訪れることに、何か罪悪感が付きまとう。このことが日本人観光客がなかなか戻らなかった理由のひとつに挙げられている。しかし、犠牲者に対する特別な感情は時間と共に薄れていく。また慰霊碑建立はそのような時間の区切りを意味するように思われる。おそらく、観光で訪れる日本人の多くにとって、慰霊碑の前で黙祷することでわだかまりを軽減する一助になるであろうか。

  • 慰霊碑脇の一角に公園建設が進行していた(写真左上)。完成したあかつきには、観光客や住民の憩いの場になると思われる。甚大な被害をもたらした津波であるが、これを機によりハイグレードな観光地に変わって欲しい、と我々は思う。海岸プロムナードの整備とパブリックスペースの美化整備は、その意味でも重要と思う。

4.現地関係者とお会いして

  • 宮下日本人会会長、タイパンコーソン同理事にお会いした。会員は殆ど観光業に従事しており、日本人観光客が戻っていない事による影響は深刻であるという。被災直後に、被災地を取り違えたり局部的な(それも特に悲惨な)被災スポットを繰り返す映像報道が、一般の日本人に誇大な印象を与えたのではないか。報道と現地状況の落差に無念を禁じえなかったという。日本人観光客が戻ってくるのを一番期待して待っているのは、おそらくこの人たちであろう。
  • プーケット県庁を表敬訪問しニラン副知事とお会いした(丁度この日、知事はタイ観光宣伝のため日本に行っておりお会いできなかった)。今後プーケットをマリン・リゾートの拠点にして、ヨット港の増設、整備、ロングステイ客の滞在コンドミニアムの建設、更に長期的にはIT基地化も考えられているとのことであった。世界に誇れる豊かな自然と共存する秩序ある魅力ある開発が進められることを切に願うものである。
  • タイ観光局南方支部のシリパコーン・副ディレクターと同支部カノカポーンさんにお会いした。お会いした時丁度パンガー県での会議から帰ってきたところであった。パンガー、クラビを含めた観光プロモーションを進めているとのことであった。確かに、一般の日本人にとってプーケットといってもパンガー、クラビも含めた広域をイメージすることが多い。プーケットはこのような広域観光地へのエントランスとしても重要な役割を担うと思われる。またパンガ県カオラック、あるいは観光客に人気のあるクラビ県のピピ島はまだ完全に復興していないとも聞く。一日も早い完全復興を期待したい。

最後に

  • プーケットは世界に誇れる超一級の海洋リゾートとしての観光資源を有している。それを実感することが出来たのは幸いである。
  • 限られた2日間であったが、こころよく対応していただいた、プーケット県庁、観光局、観光協会、日本人会等関係者にお礼を申し上げたい。宿泊について便宜をはかっていただいた Royal Paradise Hotel にもお礼申し上げたい。
  • プーケット視察チームメンバーは、
    森田仁美:JTBF副会長、プーケット視察チーム・リーダー
    水谷和正:観光委員長
    加藤寛二:ロングステイ副委員長
    奥村紀夫:広報委員長
    吉川和夫:事務局長
    の5名である。この記事は5名の協同執筆である。


追記(2007/1/14)

今年(2007年)に入って、プーケットを含むタイ南部の観光業の復興振りや、量より質への転換をはかる動きが報じられています。バンコクポスト紙、ネーション紙からの転載です。,視察チームを派遣したJTBFとして、朗報と受け止めています。また質の重視は、美しい自然と調和し楽しめるような発展をして欲しいという、我々の思いと一にするものと歓迎します。一方、昨年末に発生した爆破事件の影響が懸念されます。一日も早く安心感を与える施策・対策が、目に見える形で講じられることを念願します。

  • 南部の観光業回復、外国人旅行者が急増
    タイ国政府観光庁(TAT)のポーンシリ長官は、昨年に南部を訪れた外国人観光客数が640万人(観光収入1,220億バーツ)となり、目標の600万人(同970億バーツ)を上回ったと発表した。南部最大の観光地のリゾート、プーケットに観光客が戻ってきたことが目標達成の主因だ。今年の観光収入目標は1,130億バーツ。9日付バンコクポストが報じた。 2004年の実績は890万人(1,560億バーツ)だったが、同年末のインド洋大津波の影響で、05年は500万人(760億バーツ)に落ち込んだ。大津波ではプーケットのほか、パンガー、クラビなど南部西海岸の各県が被災し、外国人を含む5,000人以上が死亡。津波後は観光客が急減していた。
  • プーケット、観光客抑制を業界が提案
    プーケット観光協会はタイ国政府観光庁(TAT)に対し、南部リゾートのプーケットを訪れる外国人観光客数を500万人以下に抑えるよう対策を講じるべきと提言した。ホテルなど宿泊施設の不足や観光客の増加による環境破壊の可能性などを理由に挙げている。9日付ネーションが伝えた。 同協会の代表を務めるヒルトン・プーケット・アルカディア・リゾート・アンド・スパのマイトリー取締役は、今年の外国人観光客数が500万人を突破する可能性に言及。ホテルの収容能力やサービスの水準維持、環境保護などを考慮すると、これ以上の観光客を受け入れることは難しいとの見方を示した。 同取締役はさらに、プーケットの高級イメージを維持するため、観光庁は量より質を重視する政策に転換するべきと指摘。量的な面では「約3,000のホテルが年平均で約70%の客室稼働率を保ち、年間700億バーツ近い収入を得ている現状で十分」と話している。 一方で年末年始にバンコク都内で発生した連続爆破事件を受け、プーケットでも治安態勢が強化されているようだ。政府は主要観光施設などを監視する警察官を増員し、観光客の不安解消に努めているという。


  • 註1 タイではアンダマン海沿岸のプーケット、クラビ、パンガー等6県が津波被害を受け5,895名が死亡、8,457名が負傷した。今でも3,000名近くが行方不明と言われている。地元タイ人の他、欧米人特に北欧からの旅行者に犠牲者が集中した。日本人犠牲者は29名で、内15名が最大の被害を受けたパンガー県カオラックで死亡している。
  • 註2 タイ観光局の統計によれば、プーケット国際空港の利用者は、被災直後の2005年1月に対前年同月比92%減、12,500人であったのが、同年10月は同29%減の70,000人まで回復している。回復の中心は欧米人観光客であり、アジア系観光客、日本人観光客の回復は遅れている。日本人観光客は、同年1月対前年数%に激減し、その後徐々に回復しつつあるとはいえ、1月から10月通期では、対前年65%減の38,000人程度である。地元大手観光業者によれば、その後、11月、12月回復傾向にあるが、日本からの直行便が無くなっている上にバンコク、プーケット間の国内線も日本からの同日接続便が減便の為、予約が難しくなっておることもあり、1月から12月通期では、対前年60%減程度であろうとのこと。未だ個人客が中心であり、企業インセンティブ等の大型旅行需要は全く無いとのことである。
  • 註3 日本タイ両国間の関係を一層強化するため、タイに駐在経験のある日本人ビジネスマン(現役、OB)が個人の立場で参加し、タイ側関係者と協議するため4年前に設立された。観光、経済、投資関係等幅広い分野につき率直な意見交換をし、実行に移すべく努力をしている。
  • 註4 昨年12月26日、アンダマン海沿岸各被災地で一周年追悼式典が開催された(プーケット県パトン、カマラ、マイカオの各ビーチ、パンガー県の カオラック、ナムケット等、クラビー県のピピ島等)。国内外の多数の関係者が参加し犠牲者を追悼するとともに、政府による過去1年間の復興への取り組みを内外にアピールする場ともなった。タイ政府は復興支援金として、60億バーツを拠出、被害企業には低金利の融資を提供するなど復興に努力してきた。


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