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バックナンバー 2006-11

「日・タイ随想」

No.02 三原比沙夫 2006/11/07

過剰の戒め 「足るを知れ!」

 九十九里海岸に書斎があり、秋深い夕暮れの波打ち際を散歩した。グラニュー糖に似た砂質の、一望平坦な砂浜にはほとんど人影もない。目に付くのは、所々に引き潮の残して行ったペットボトルとビニール袋ばかり。少年の頃の夏の日、海から上っては体を埋づめ、目の前をさらさらと砂つぶが流れたあの砂丘はどこに消えたのか。

 遠い日のこの想いは、1960年代後半のパタヤ海岸へと筆者を引き戻した。著名なボンベイ(現ムンバイ)のビーチ、『女王の首飾り』に似た湾曲の、まだ自然の息づく美しい砂浜だった。観光ブームの起こる前夜のことだ。外国人の泊まるホテルと言えば、パタヤ・パレスとニッパ・ロッジくらいのもの。当時の開発意欲はリージェント・パタヤ・ホテル(現モンティエン・ホテル)建設の音頭取りへと筆者を駆り立てた。

 そのあとのパタヤ開発は目覚しい。パタヤと云えばタイ国観光の代名詞にもなった。だが、開発の果て、今見るビーチの汚染には目をそむけるものがある。汚染はすでにプーケットにも飛び火し、ホアヒンとて手を拱いてはいられないという。その昔パタヤに手を染めた者の1人として、何とも複雑な想いを禁じえない。

 バンコクに目を転ずれば、またも目抜き通りの渋滞だ。「歩いて10分、車で二時間」などと言われた通貨危機前ほどではないが、BTSが走り地下鉄が開通したのに、このところ車の増え方がひどい。ラッシュ時など、ドゥシッタニ・ホテルからインターコンティネンタル・ホテル(旧メリディアン)まで1時間余りもかかる始末だ。歩いた方がよほど早い。

 97年7月の通貨危機の要因として、当時のタノン・ピタヤ蔵相は、四つの“O”を挙げていた。Over-Borrowing, Over-Investment, Over-Spending そして最後はOver-Lookだった。何事も過剰はいけない。開発は人類に福音をもたらすが、過剰な開発は環境を破壊し、人類を滅亡にも導き兼ねないのだ。タイのスコールなど、降る時間帯も降り方も従前と比べれば大きな様変わりだが、森林乱伐などの環境破壊に大きな原因のある事は明白だ。

 タイ国王陛下には、『開発は良いことだが、足るを知れ』と言う趣旨の仰せがあるが、為政者は肝に銘ずべき至言である。タイばかりではない、どこの国どこの社会にも言えることだ。日本でも、必修科目未修などの欠落がある反面、公共工事などの過剰のなんと多いことか。

 鼠算と言う言葉があるが、地球一杯に増え続けるわけではない。島のネズミは、限度まで増え続けると若いひと番いだけを残して、リーダー先頭に入水すると云われる。

(了)