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バックナンバー 2007-01

「日・タイ随想」

No.04 三原比沙夫 2007/01/04

新春、バンコクの治安に想う

 タイの社会が盛り上がる正月は、いまも中国正月とタイ正月(ソンクラン)であり、暦年の新年は静かに明ける。だがグローバル経済の只中にあれば、新年は人々の気持ちを新たにする大きな節目であることは他の国々と変らない。バンコクはクーデター後も市民生活に大きな変化はなく、平和な2007年を迎えるはずであった。

 ところが、そこへ晴天の霹靂だ。大晦日の深夜に発生した連続爆破テロ事件によってこの平安の夢は破られ、政局はいま混迷の中にあると報じられる。

 事件は計8箇所で発生。死者3名、負傷者は外人を含む39名で、邦人の被害者は居ないと云う。連日の如きイラクの凄惨なテロと比べれば、被害の規模こそ限定的だが、史上この種のテロとは無縁であったバンコクのうけた衝撃には計り知れないものがあろう。

 旧知の現地ジャーナリストの話(2日現在)によれば、事件の背景としては、南部過激派テロの延長線上のもの、前政権の関係者や支持者などによる現政権への嫌がらせ、などが考えられ、当局は後者の見方を深めているようだと云うが、真相は知るべくもない。今はただ事件の続発の阻止と、治安の早急なる回復を希求するのみである。

 1960年代初頭以降のタイは、その経済開発に巨額の外資を呼びこみ、東南アジアのリーダー的な役割を演じてきたが、この投資を可能ならしめたものは近隣国と比べたタイの優位性である。そこで誰しもが挙げるのが、政治経済の安定性、手厚い外資保護、豊富で良質かつ安価な(これは変質中)労働力、それにインフラ充実度の高さなど多々あるが、この物騒な世界情勢の中で最も重視されたものは、『テロと誘拐のない国』ではなかったろうか。

 人口10万人当たりの年間殺人被害者数なるものの非公式統計があり(民間のセキュリティ専門機関による90年代半ばのもの)、これによれば、最多はメデジン(コロンビア)の435、その他の主要都市(国)ではニューヨーク86, フィリピン 27で, タイは14.5とある。東京の1.2, 全日本の0.6から見ればひどく高い数値だが、殆どが特定の利害者関係者間の事件であり、行きずりの第三者、いわんや外国人が巻き込まれるケースは稀であった。それ故に、タイは東南アジアの群を抜く体感治安良好な国との定評をとってきたのである。

 この最大のよりどころに綻びが生じたとなれば、事は重大だ。97年通貨危機のダメージが6~7年がかりで漸く本復状態を迎えた矢先の事である。投資・観光に与える影響が危惧され、『津波やクーデターより深刻な影響の出る恐れあり』とするエコノミストのコメントも紙上に見るが、なんとしてもそんな事態を招かぬよう、当局の施策を待つのみである。

 ところで、この機に邦人が改めて心して置きたいことがある。前回のコラムで、BTS(高架鉄道)上の美談を報じたばかりだが、最近そのBTSや有名デパートなどでスリ、引ったくり事件が多発し、日本人旅行者にも多くの被害者が出ているというのだ。この種の事件は従前から報じられており、またバンコクは外地における邦人パスポート被害件数の多さでは、常に上位2^3番手の都市ににランクされていることも忘れてはなるない。

 外地に長く住むと表情や仕種まで現地の人に似てくるものだ。まして顔、体形の似通ったアジア人同士となれば、見た目には見分けのつかないことも多い。しかし、タイ人の目からは、一見して日本人だと見分けられるポイントがある、という。それは、『情けないほどの無防備さ、注意力の欠如』だといい、この話を何人ものタイ人から聞いた。

 古き良き時代の日本の観念を引きずっていては、もはや日本でも生活できないが、まして生き馬の目を抜く外国(タイとて例外ではない)では命取りにもなり兼ねないと心得るべきだ。とくに旅行者にこの点の注意を喚起したいが、それは武器を携えての防衛ではなく、心の防衛であることは云うまでも無い。

 ときに、外国人の目に哀れなほど無防備に映るのは、日本人個々人だけではあるまい。日本そのものも含まれるのではなかろうか。極めて重要なポイントだが、このコラムでの取り上げにはなじまず、かつ筆者の能力をはるかに超える問題なので、この辺で筆を措くこととする。

(了)