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バックナンバー 2007-02

「日・タイ随想」

No.05 三原比沙夫 2007/02/01

タイ情勢にのぞむ乱気流からの脱出

 筆者は年に4~5回バンコクに足を運ぶが、今回は昨年8月末以来ご無沙汰である。仕事の都合によるものだが、実は心の隅にかすむもう一つの理由もあった。

 いま上映中の映画の話題作に、藤沢周平原作の「武士の一分」がある。主君の食事の毒見役を務める下級武士の物語である。毒見といえばこの映画のようにまずは食事だが、生命にかかわる事柄の事前チェックととれば、ハイテク全盛の現代には毒見を要するものが数多い。新空港オープンに当たってのテストフライトなどはその最たるものであろう。

 8月末訪盤の折り、タイの旧知から、7月に行なわれたスワンナプーム新国際空港でのテストフライトの話を聞かされた。真偽のほどは知らぬが、着陸態勢に入った機材の計器操縦がままならず、已むなく手動で着陸して調べたら、地上のレーダー網がまだ完備していなかったと云うのだ。だから次回は2-3ヶ月様子を見てから来た方がいいなどと、その旧知は冗談半分に云った。

 開港からすでに4ヶ月。使い勝手などに多少の問題はあるとは聞くが、多数の毒見役?諸氏のお陰で空港オペレーションの安全性が確認されたのは何より喜ばしい。問題の中には一部の国内航空がドンムアンに戻る話などもあるが、「トライ・アンド・エラー」で的確な落し所を探るのはタイの国民性でありお家芸である。万事所を得て落ち着くことだろう。

 処が9・19クーデター後も、今なお落ち着きの見えないのが暫定政権下の諸情勢である。新外資規制により一時株価の暴落があったほか、政局は前首相にまつわる疑惑の解明が遅々として進まぬ模様だし、年末年始の連続爆弾テロの背後には前首相の影が見え隠れするとも報じられる。その前首相はニューヨークの後、ロンドン、香港、シンガポール、北京などを惑星のごとく回遊し、1月18には東京にも来て二泊して行ったと云う。

 恩田会/JTBF共催の新年会に出席したバンコク在住の消息通の話によれば、次回の総選挙では、タクシン氏が党首に復帰するしないに拘わらず、愛国党が再び第一党となる公算大との事だが、 メディアによればタクシン氏はこれを裏書するような強気の発言をして行ったらしい。東京での詳細行動に付いては知る由もないが、シンガポールでは閣僚がタクシン氏と会ったばかりに、タイとの外交関係が悪化したとの報道があることも気にかかる。

 それにしても、政局に与える追放後のタクシン氏の影響力の強さには、過去のクーデターで去った首相には例のないものを見る。既成政党の有力議員を1本釣りして結党したなどとも噂された財力は、これほどまでに民衆に浸透していたのだろうか。一村一品運動や農民への低利融資などの公的な施策があった事は事実だとしても。

 1961年の第一次経済社会開発5ヵ年計画の発足時、バンコク圏と東北貧村地帯の実質所得格差は凡そ1対7と云われ、これが80年代末のバブルの絶頂期には1対10強に拡大したと記憶する。今は更に更に拡大しているに違いあるまい。金権政治への訣別は、教育の充実による意識改革なくしては出来ないが、それにはこの巨大な所得格差の是正と貧困からの脱出が急務となることは云うまでもあるまい。

 暫定政権のテストフライトが乱気流を脱して平穏裏に推移し、一日も早く民主政権が復活樹立されるよう待つのみである。経済開発では、西からインドが、東からヴェトナムが勢い鋭く迫っている。ここでタイ経済が停滞すれば、営々と築き上げた東南アジアの牙城を明け渡すことともなり兼ねない。今がまさに正念場だ。

(了)