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バックナンバー 2007-07

「日・タイ随想」

No.10 三原比沙夫 2007/07/06

どちらが美しい国か

 先夜のこと、NHKの長寿番組の一つ「英語でしゃべらナイト」に、新劇の名優、神山繁氏がゲスト出演していたが、78歳になるという氏の英会話の流暢さに目を見張った。それもその筈である。氏は旧海軍軍人のエリート登竜門の一つ、海軍経理学校で英語を叩き込まれていたのだ。

 だが、ここに神山氏を引き合いに出したのは、英語ではない。その出演の中で氏が語った海軍軍人の合言葉なるものである。「スマートで、目先が利いて、几帳面、負けじ魂、これぞ海軍」というのだそうだ。筆者は軍国主義に与するものではさらさらないが、どこの合言葉であろうと、(製作者の目的から離れて)言葉自体として素晴らしければ、人の処世のみならず、企業や政治のありようについても指針として差し支えあるまい。

 夫々の言葉を日本とタイに当てはめながら検証してみよう。先ずはスマートだ。何がスマートかは時代により、社会により変わり行く感覚であろうが、姿かたち・プロポーションのよさでは、総じてタイ人のほうにやや分があるやに岡目八目にはみえる。かってタイの華人社会には肥満体が少なくなかったが、最近はだいぶ様変わりしたようだ。また、物事の処理の手際よさもスマートと呼ぶべきだろう。政局についていえば、融通無碍で抜群の復元力を有し、外交交渉などでも、時に日本には真似の出来ないようなウルトラ-Cをやってのけるタイのほうに軍配を上げたいところだが、今次クーデター後の政局のもたつきは、残念ながらこのイメージを損ねている。

 「目先が利く」といえば、抜け目のなさ、損得勘定の巧みさなどの意味にとられ勝ちだが、ここではより広く、万事にかかる情勢判断の素早さ、的確さを言うに違いない。この意味においては、日・タイ甲乙付け難かろうが、個人の行動でも政治判断でも、タイ人には動物的な感覚を想わせる目利きの凄さのあることを見落としてはなるまい。

 「几帳面」とくれば、これぞ日本の出番だと思いたい。昨今の流行語の『4S』『5S』などのように単に物事をきちんと管理、処理するだけでなく、広く順法精神の徹底を意味する言葉と解すれば、近代的法治国家として一日の長のある日本に軍配をあげたいところだ。ところが、最近の日本の世相にはこの軍配に待ったをかけるような事象が多すぎる。コーポレート・ガバナンスなどそ知らぬ顔で、世を欺く企業スキャンダルの続発だけではない。国政に於いても深刻な年金処理問題を嚆矢に、閣僚の相次ぐ失言、辞任や物議をかもす国会審議などなど。これでは几帳面な法治国家だと胸を聳やかすわけには行かないだろう。

 負けじ魂では、日本人もタイ人も大差あるまい。タイの場合は、とくに華人系の負けじ魂には日本人に優るとも劣らぬものを見る。現在、世界の注視を浴びているその好例が前首相のタクシン氏だ。すでに6月には不正関与の疑いで巨額の国内預金口座を凍結され、同氏の結成した政党は解党されたが、未だに世界を周遊しながら現政権批判をつづけ、7月5日には当地の拓殖大学で客員教授として講義、翌6日には英国プレミヤリーグ、マンチェスター・シティーの買収(8160万£)を決めている。

 こう見てくると、日・タイはさすがに大の友好国だけあて、神山繁氏の挙げた旧海軍の合言葉では、どうやら勝負なし。 少なくとも現状では、どちらも「美しい国」などとは言いがたい状況と見て取るのは、如何であろうか。回遊のタクシン氏のみならず、国内でのデモ騒ぎなどもあって政局混迷のタイでは、憲法改正草案が昨7月6日憲法改正議会を通過して8月19日が国民投票と決まり、日本では7月29日参議院議員選挙の投票が行われる。

 タイでは、この国民投票による改正憲法の成立を待って総選挙が実施されるが、年内の出来るだけ早期に真の民主政権が樹立されることを、一方日本では、夢々今回の参議院選を政争の具になどすることなく、これを機にじっくり腰をすえてた安定政権となることを切望。どちらの国も、一日も早く真に国民の「信」に応えられる国に立ち返って欲しいものである。

(了)