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バックナンバー 2008-01

「日・タイ随想」

No.16 今井 宏 2008/01/01

タイ人中間管理者層の実力

 JTBFの皆様、また当サイトをご覧頂いている皆様、あけましておめでとうございます。皆様のご多幸を心からお祈り申し上げます。本年もまた日・タイ両国間の友好関係の維持促進の一端を担うべく、関連する活動に楽しく前向きに取り組もうではありませんか。さて、

 タイでの会社勤めを終えて1999年に帰国しましたが、縁あって未だに当地を訪れる機会があります。曾ての同じバンコクの喧噪の中にも、明らかに町並みが少しずつ発展変化していることに気がつきます。物静かで落ち着いていた地方都市チェングマイにおいても、都会化の波が前よりは早いピッチで押し寄せて来ている感を深くしております。48年前の第一回目駐在時の私の記憶にあるバンコクとチェングマイの面影を重ねあわせて、ある種の郷愁にも似た感情に浸ることもありますが、タイの未来に思いを巡らすなら、私自身のタイムスウィッチを今直ぐ未来型に転換しておくことが必要かもしれません。

 タイでは出来るだけ多方面の方とお会いするように心がけておりますが、変わったところではマスコミや教育・研究の分野の人とも意見交換をすることがあります。また前の職場のタイ人同僚と旧交を温めることもあります。各々立場の異なる人達との話は非常に多岐にわたり興味深いのでいつも彼らとの出会いを楽しみにしております。いろいろでる話の中で、私の出身が日系企業であること、言い換えれば異文化企業でありますから、時にはその点に話題が集中することは避けられません。また同席した他分野の人が日系企業の経営について大きな関心を抱いていることはおどかされる事実であります。

 彼らからでる主な話といえば、日系企業における経営の現地化に伴うタイ人スタッフの能力と使われ方、社長を含む日本人スタッフの人間性とタイ理解、日・タイ人の仕事の共有などがあげられます。彼らの言い分を聞いている時の私の脳の反応は、また余計なことを言っている、日本型経営の功罪が分かっていない、タイ人も48年経って質的に変わって来ている、依然として相互に信頼していないといった概念が右往左往している訳であります。ただここで唯一正しいのはタイの外観が都市地方ともに大きく変わっているように、タイ人の内面的な資質も少しずつではありますが高まって来ていることであります。

 日系企業とは全く関係のない人から、押し並べてタイ人の仕事に対する資質は高まっていると指摘されたことと、私が接した日系企業のタイ人管理者を通じて得た印象とがたまたま一致していることは誠に不思議であります。ただ特に私の感じているポイントは、彼らが主張しているように管理者として一概に括るのではなく、特に部課長などの中間管理者にその資質向上の顕著な状況が見られるということです。日本人社長のそばにいて経営的アシスタント役のタイ人エグゼクティブのことではありません。そのエグゼクティブに加えて能力的に増幅している訳ですから、日本人の相談相手がより広範になったということであります。

 在タイ日系企業の日本人が最終の意思決定をする時の相談相手として頼りにするのは現体制的には当然直近の有能なタイ人エグゼクティブであります。これについては何らの問題もありません。しかし最近の趨勢からすればタイ人中間管理者層には仕事に対するやる気と業績において上級のエグゼクティブに勝るとも劣らない潜在能力を身につけている者が現れている事実が観察されますし、これこそ新しい現象でありますから今までとは異なる対応が迫られる所以であります。実は多くの情報を保持し、分析と実行力に長けている有能な者が存在します。ことあるごとにタイ人エグゼクティブから相談を受けています。これが会社の方針や意思決定に大きな役割を演じていることは十分判断できます。

 こうした有能な一部中間管理者を見逃してはならないと考えます。方法は各社の知恵と工夫次第ですが、彼らを上級のエグゼクティブと同等とまでは行かなくても時折重要な経営論議には参画させる意義は否定できません。誰が有能かは十分見極めることが必要ですが、前向きに評価しかつ利用することは会社にとって大きなプラスです。またタイのことですから能力があればそれで全てOKという訳にもいかないでしょう。タイの社会秩序に従い、個人道徳を弁えることがタイ社会での管理者資格としてMUSTだと言われる社会です。タイ人の傍らで耳にしますが年功、学歴や家柄は大丈夫かについては上級者と比べて全く同じレベルにあり、見劣りしません。また階級(ヒエラルキー)、功徳、報恩、中庸と個人主義といった社会秩序にはむしろタイ人のDNAとしてこれを備えております。

 そして慈(他人を幸福にしようとする情・親切)、悲(他人の苦しみを理解し解放してあげようとする思いやり)、喜(他人の喜びや悲しみに自分も浸る心)、捨(係わり合いにならない、公平、中立、無関心)の個人道徳についても上級者と同じレベルでこれを十分弁えている筈でありまして、タイ的価値観に基づくならどこから攻めても上級者と見劣りする隙間がない訳です。敢えてタイのために言うならやや因習めいたものに拘りすぎる嫌いがなくはありませんが、これが今なおタイで通用する一般的な価値観であり、仕事観であるなら日本人はある意味ではこれを認識して実行するしか術がない訳であります。 あとは必要に応じて社内のOJTや座学を通して訓練しておくことは日系企業としての立場の問題です。前述のタイ人の実力が今どのように変化しつつあるかとかタイ人同士で受け入れられる社会通念はどんなものかとは別な事象です。こうして見ると有能なタイ人中間管理者の存在はこれからますます利用価値が出て来て,今後日系企業がいかに彼らを有効に利用するかということが議論され、各日系企業間の話題になるかもしれません。このような有能層を効率よく社内で生かす企業は将来に向けて伸びるでしょう。果たせぬ夢ですがもし私が現時点で日系企業の経営者の立場であるなら、やはり中間管理者層の実力をフルに利用したいところです。これは現行の方針やシステムに何らの影響を及ぼすことなく実行可能です。ここで述べたことは独断と偏見を顧みない勝手な言い分ですから別に年寄りの冷や水にはならないでしょう。