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バックナンバー 2009-09

「日・タイ随想」

No.36 2009/9/01

タイこそ日本のパートナーに

JTBF会員:佐藤 雅春
2009/9/01

  3月にこの場を与えていただき、タイの素晴らしさにつきプライベートな視点で書かせていただいた。今回はビジネスマンの視点で書かせていただく。帰国後6年も経過しているしここ3年タイに旅行していないこともあり、コメントする資格につきやや自信がないがタイの大ファンということでお許し願いたい。

  1988年銀行員の私がニューヨーク支店に2度目の駐在勤務したときだ。アジアに勤務経験のある北米支配人の上司から『いまどきアジアを経験しないT銀マンは一人前ではない。』と言われその時はショックを受けた。

  それから時がたち1999年、今度は3度目の海外赴任でバンコックに駐在した。今度は自信を持って部下に言うことができた。『初めての海外赴任でも2度目でもアジアを経験するのが銀行員として理想だ。中でもバンコックの経験が一番いい、君たちは幸せだ。』

  ニューヨーク時代の上司の言葉は真のグローバル観を持つには今では、アジアを経験しないでは理解できないということだと思うが、日本はアジアであることを改めて認識でき、それ以上のものも得た自信がある。またタイ駐在がその理解のために一番適した国であったことで幸運を感じている。

  理由は二つある。

  一つは、アジア経済圏構築の核のひとつがタイになるであろうということが現実味を帯びていることを肌で感じることが出来たことだ。

  駐在中にバンコク日本人商工会議所主催で京都大学の白石教授の講演を聞く機会があり印象的だった。

  『欧州はマルチのNATO北大西洋安全保障条約機構をベースに冷戦後、政治的にいわばトップダウン的にEU欧州経済連合を形成した。アジアの安全保障はアメリカが扇の要になり各国とバイラテラルな安保条約がベースになっている。南西アジア全地域に亘り日本企業は既に生産・販売拠点の戦略的配置を実現しており、それはまるで植物の『群生』の様を呈している。EUとは逆にボトムアップ的に自然にアジア経済連合AUが形成される状況が到来している。中国の台頭、リーダーシップがより明確になるなかで日本が政治的にもリーダーシップをとらなければならない。リーダーシップをとる日本には戦略的パートナーが必要となるが、タイこそが最適なパートナーとなるであろう。』

  教授のマクロのお話しは銀行ビジネスを通しミクロで体験した。現地日系企業がタイに大きく貢献していることを本当に実感した。個々の日系企業にとってタイ企業は戦略的パートナーであるが、政府ベースでも歴史的視点も含めタイは十分日本の戦略的パートナーの位置づけが出来る存在だと確信する。

  日系企業の『群生』中でもタイは東南アジアでは群を抜いている。直近データを在タイの知人からいただいたが、タイ商業省、バンコック日本人商工会議所JCC調べで、日系企業は現時点6773社、筆者の駐在時代の約1.4倍である。また関連データもこれを裏付ける。世界一の規模となった日本人学校(小中学生)生徒数は現在約2600人(筆者駐在時代は1900人)、ここ数年毎年100人づつ増える勢いが続いており、今年からはシラチャー地区に分校(約100人の生徒)が設立されている。日系進出企業の家族帯同赴任者が増え続けているわけである。

  筆者駐在当時からこれからは中国ともいわれたが、ほとんどの大企業は輸出戦略拠点としてのタイの機能を中国へシフトするところはなかったように思う。

  戦略的配置によるリスクマネジメントの考えの反映であろう。アジアではタイと中国の両方に『目玉』を置く企業が多いように思われる。グローバル企業としては最も早く現地進出した銀行取引先、ネッスルグループの現地法人社長から聞いた。日本企業にとっても同じであろう。『東南アジアで唯一独立を守ったという歴史、民主主義が遅れていたが、直近10年で急速に民主主義が進展した。政治は東南アジアでは最も安定的であるといえる。』

  もっとも筆者が帰国してからはクーデター、タクシン政権崩壊と政治が混乱に陥り民主化が足踏みしているのはとても残念だ。

  しかしながら、たとえば先日の日経新聞には、大田区についで品川区も中小企業のタイ中小企業工業団地進出の後押しという記事が出ていた。上述した日系企業の進出データにあるとおり日本企業の産業集積は今も続行している。

  一方で、最近時々報道されるグレーターメコン経済圏の形成の中心がタイであることも戦略的パートナーを考えるとき 忘れてはならない点ではないか。

  また、いわば日本の工場としての機能を果たしているタイがAU形成過程における日本のパートナーにふさわしい理由がもう一つあると帰国してから改めて感じた。いずれ到来するであろう地球ベースの『人口爆発と食糧危機』の恐れを持つ筆者は タイには強みがあると考えている。インドネシア、中国は既に食糧輸入国に転落している。タイはアメリカ、ブラジルと並んで食糧輸出国である。中国事件から学んだ食品の安全問題もある。もちろん鳥インフルエンザなど予測しがたい不確定性の時代である。タイとて油断できないだろうが食料戦略上も重要な国であろう。『世渡り上手なタイ』とのパートナーシップはこの意味でも重要である。

  アメリカ駐在だけではわからなかったもうひとつは、タイ経験で日本の方が、むしろグローバルにはユニークな国であるかもしれないと気付かせてくれたことだ。

  大蔵大臣との懇親会に参加したときのことだ。ある社長が『ピュアタイとはどん人を言うのですか』と質問したところ『ピュアタイなどいない。アメリカと同じなのだ。タイ人はどんな人種も受け入れるリベラルな国なのだ。』という回答だ。

  タイの経済的発展は外資による民間企業の活力によるところが大きいことは誰しも否定しないことだ。タイは雇用が促進される限り、社長が外国人であることなどは気にしない。山田長政の時代に遡っても、優秀であれば外国人もどんどん登用することがよくわかる。

  このあたりは確かにアメリカとの類似点である。日系企業はタイ進出の前に怒涛のごとくアメリカに進出した。当時はアメリカでも、各州政府はIR BOND(地方免税歳入債)などのインセンティブ制度を創設、こぞって日系企業を誘致した。資本も、社長も外資であることなどは気にしない、雇用が最優先の政策だ。

  翻って日本はどうだろうか。最近は多少変わりつつあると思うが、海外進出では、資本比率のみならず、社長は日本人にこだわるところが多いと思われる。日本国内でも外資企業の進出には、社会全体が抑制気味の傾向が見え隠れする。

  最近よく言われる『行き過ぎた市場原理経済主義』が今回の国勢選挙で修正されるかもしれない。やはり鎖国した歴史のある日本人の国民性であろうか。もっとも『世渡り上手』のタイは、外国人の土地購入だけは保守的である。

  国土事情が異なるにも係わらず、日本はこの点はアメリカに似て外資に肝要な制度である。いずれにせよビジネスマンとして北米に続きアジア中でもバンコックを経験させていただいたことを感謝する次第である。


(元東京三菱銀行タイ総支配人)