No.42 2010/3/01
JTBF会員: 有川武俊
2010/3/01
2002年10月にタイから日本に帰国して以来6年ぶりに、またタイで仕事をする為に戻って参りました。今迄は商社で色々な仕事をやらせて頂きましたが、今回はタイ工業省産業振興局顧問と言う仰々しい名前のセクションで、しかも命題がタイ中小企業の育成と言うもの、正に私に出来るのだろうかと不安が一杯な状況でお引き受けしました。
私が最初にタイに参りましたのが1971年、当時は王宮の側のラーチャワットと言う場所にあった警察大佐のお宅に下宿を致しました。その頃はタイ語の研修生と言うことでもあり、語学学校と時々友達の顔を見に行きにタマサート大学に行く毎日でした。その時の状況を思い出してみますと、今のバンコックを想像する事は出来ません。海抜1メートルにも満たないバンコックに地下鉄が走り、モノレールが走っている等と言う事は想像だに出来なかったでしょう。
唯インフラが整い、タイの皆さんの生活が向上したことは間違いありませんが、それによってタイの皆さんが失ってしまった事も、多くあると感じます。これは日本にも言える事かも知れませんね。インフラの整備が発達するにつれ、バンコックと地方の格差が益々広がりました。タイ政府も地域振興については色々な手を打っています。一村一品運動もその一つでしょう。各地方からさまざまな品物が出てくるのを目にするにつけ、少しずつですが進んでいるなと感じました。
私がタイに来て初めて感じ、そして今でも感じているタイを一言で表すと “遅々として進む”...英語で言うと何と言うのでしょうか? “SLOW SLOW BUT GO FORWARD” と言うのでしょうか。
昨年10月15日にアマタグループのヴィクロム会長と “LOOKING BACK TO THAILAND AND JAPAN HISTORY FOR THE FUTURE COOPERATION” という命題でズシタニホテルで対話をさせて頂きました。対話そのものは、私にとっても良い経験になったのですが、そのときの私のミッションは “タイの人の悪い点、良い点を挙げる” というものでした。ヴィクロムさんは、同じく日本の人の良い点悪い点を挙げる事でした。私はタイの人の悪い点、良い点を次の様に挙げました。
―良い点―
―悪い点―
上記のように悪い点、良い点を挙げましたが、悪い点についても、例えば出来ない知らないと言うと職を失う事が有るかも知れないし、又受身の理由は今はかなり改善がされていると思いますが、タイの人の評価を数値化した基準が無かった為に、それをきちんと数値化したものを、タイの人に説明をすればタイの人も積極的に自分から動いてゆくようになると思います。勿論フォローアップが必要であることは言うまでもありませんが。
ヴィクロムさんからは、日本人の良い所は勤勉であること、悪い所は、日本人はどうしても “群れてしまう事” である、とのコメントがありました。
次にタイがこれからどのような方向に向かって行くべきかを考えて見たいと思います。アセアンの関税障壁が無くなってくる事を考えたとき、タイはアセアンの経済の中心国として積極的に周辺国への協力関係を強化して行く事になって行くと思います。すでにベトナム、ラオスとの連携は道路の整備が出来たことによって、運送時間の短縮化を含め、効果が出始めています。
これからは、先の対話の折にヴィクロム会長からも話があった、西へのアクセスを目指すと言う事です。あの折ヴィクロム会長よりは、ミヤンマーの可能性について触れておられました。中国はすでにミヤンマーのインフラについて、興味があることを表明しています。タイは自動車を中心として農業国より工業国への舵を取り、その点では大成功を収めています。今ではアジアのデトロイトと呼ばれています。今タイが持っているインフラをフルに使えれば間違いなくアジアの国との協調そしてアジアのマーケットへのアクセスが十分に出来ると思っています。その場合もっとも大事なことは政治の安定性です。
タイの利点は
が挙げられます。この利点を最大限活用して、企業誘致そしてアジアへの展開を進めることが、タイが次のステージに向かう道筋と思います。
日本とタイは切っても切れない関係にあり、これからも WIN WIN の関係で進むべきであると思います。仏教を始めとして日タイの人々が共通認識を持っていることは事実ですが、矢張りタイの人の考え方、仕事のやり方が日本人と異なることも多くあると思います。これを解決するためにはお互いの価値観を認め合うことが先ずは必要であると考えます。
いずれにしても、心の余裕が中々持ち難くなっている現在の日本そしてタイが、発展をしながらも、昔のやさしさ(心の余裕ですか?)を残しておいてもらいたいと思うのは私だけではないだろうと思いながら、タイへの恩返しをしたいと日々タイで暮らしています。
(元タイ国三菱商事社長)