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バックナンバー 2010-09

「日・タイ随想」

No.48 2010/9/01

マイペンライ


JTBF会員: 有川武俊
2010/9/01

今年の2月26日タクシン元首相への最高裁判所の判決が出て、タクシン元首相の首相在勤中の資産に対して没収命令が出され、その後長期に渉る赤シャツ派(反独裁民主主義同盟)の抗議行動が続いたことは、記憶に新しい事と思います。タイの言葉にマイペンライという言葉があります。色々な場面で使われる言葉で、例えばある時お手伝いさんがコップを床に落として割ってしまった時、お手伝いさんがこの言葉を使いますが、その時の意味は被害がこれ位で良かったですねと言う意味で使います。

最初にこれを聞いた時、先ずはごめんなさいと謝るのが先だろうと怒り心頭になった事を思い出します。唯長年タイにいるからでしょうか、何となくこの言葉が便利で心地よく思うのは私だけでしょうか。然し今回の騒動はマイペンライと言う訳には行かないでしょう。

赤と黄色の争いは正に夫々が属しているグループの権益を守る為の争いと見ていましたが、残念ながら、そこに一般の国民特に農村部の人達の事を考えて行動をしていたとは、到底思えません。又今回はラプラソンの閉鎖の場所にもかなりの都市部の人達も参加をしています。都市部と農村部の争いと言う事だけでは説明がつかない状況が起こっているとしか言いようが無いかも知れません。

タイに投資を考えている人、そしてここタイに住んでいる人達もタイが政治的に安定をしていること又タイの人達のやさしさが有るから、ここで仕事をしようここに住もうと思うのでしょう。私もここに今回2年住んでいてバンコックの便利さ東京にも負けない素晴らしいインフラには感心をしますが、最もタイを愛する人達が願っているタイの人達の何かゆったりとした感じ,おそらく仏教に裏打ちされた人を敬う気持ちが、近代化が進むにつれ益々無くなって来た現状に寂しさを感じています。

最もそれはタイの人達が一番感じているかも知れませんね。何処にも持って行けない閉塞感、何か変って貰いたい然しどう変れば良いのか分らないこれが今の状況ではないかと思います。一方経済を見てみますと所謂リーマンショックの影響がそれ程大きくなかった事もあり自動車を中心として驚異的な回復を遂げています。唯心配なのは経済が順調に進み、生活がし易くなって来るとあの騒動の根元に何が有りどうすれば良いのかを考える事が無くなってしまう恐れがあります。

今私は工業省でタイの中小企業の活性化と言う命題に取り組んでいますが、タイの中小企業の中には非常に優れた技術を持つ会社が沢山あります。今回福岡県がタイの中小企業を福岡に招聘しタイの中小企業と日本の中小企業がより良い交流が出来るような事業のお手伝いをしていますが残念ながらタイの中小企業のマインドは相も変らずジョイントパートナーを探したい技術の移転をしてくれる相手を探したいというものが殆どです。

自分の会社が日本の会社にとってどんなに魅力のある会社なのか、又どうしたら日本の企業とパートナーを組めるか考えている企業が少ない事が現実です。唯今回ミッションに参加をする企業を訪問しましたが、どの工場もしっかりしているのには驚きました。ISOはもとより5S(整理、整頓、清潔、清掃、しつけ)を守っている会社が多く有りました。この点でも日本の企業の仕事のやり方がかなり浸透していると感じました。

タイは60年代に農業国より工業国に舵を切りました。そして先ずは手始めに部品メーカーさんを始め自動車周辺の業界がタイに来られた事が、タイで自動車工業が根付き大きな発展を遂げることが出来た要因であると思います。又アセアンの連携協定により関税障壁が無くなり、域内での貿易が益々活発になってきました。インフラの整備も着々と進み東西回路の整備そしてこれからはミャンマーへの道路整備も始まろうとしています。

一方農村の活性化は進んでいません。これからタイがやらなければいけない事はアセアンに向けた貿易の拡大と農村部の活性化をどのように図るかと言う事だと思います。そこに日本の技術的な支援を含めた連携プレイが求められてくると思います。現在日本の自給率は40%を切っています。いざ世界的な食料不足となった時、誰が日本を助けてくれるでしょう。皆さん覚えておられると思いますが、1990年代中盤に日本のお米が不作で供給が不足していた時タイから緊急輸入したことがあります。その時お米屋さんでは日本のお米一袋にタイのお米を三袋抱き合わせで売ることをやっていました。タイもそのとき不作でしたが日本の消費者の事を考えスワンマリと言う最高級のお米を出してくれました。処が直ぐに日本のお米が出回り始めタイのお米は全く売れなくなってしまいました。お金を出せばいつでも何処からでも幾らでも物が入ってくるというのは幻想です。

これからタイと日本は農業の分野でコラボレーションを始めるべきと思います。日本の農家がタイに来て農作方法,機械の使い方等を教えることによって、農家の生産性が上がり、農家の収入が増えれば農村部が潤います。又農業機械の需要が増えれば今自動車部品を作っているタイの中小企業も新たな仕事が増えます。又アセアンへの進出と言うことであればミヤンマー、ラオス、カンボジアとの関係では、タイは日本にとってこれから最も大切なパートナーになることは間違いありません。

勿論最も大事な事は心の充実、家族への思いやり、人への優しさですが、その為にも経済の発展は欠くべからざるものと考えます。勿論経済至上主義ではいけないと思います。いつも国王陛下がおっしゃっておられる足るを知る経済が今一番必要ではないかと思います。色々な意味でタイがアジアのリーダーとして、益々その役割を増して行く事を願っているのは私だけではないと思います。そして何時までもあの微笑溢れるタイであって貰いたいと願っています。


(元伊藤忠タイ社長)