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バックナンバー 2010-10

「日・タイ随想」

No.49 2010/10/01

タイのロングステイ事情-今昔-


JTBF会員: 舘 逸志
2010/10/01

タイの高度成長期に注目の集まったロングステイ

タイで最初の駐在を経験した1991~1994年にかけては、日本もバブルの余韻が残っている時期でした。タイは正に87年から始まった高度成長の全盛期で、交通渋滞が最大の問題とされていた時期です。この時期にタイではインフラ整備が進み、所得水準も飛躍的に上昇して、駐在員をはじめとする外国人の居住環境も急速に整備されてきました。近代的な生活環境が整った新興国タイでは、途上国の人件費の安さが同時に入手可能であり、先進国と途上国の良さの双方を享受できる条件が整った時期と言えます。


タイと日本の親和性

勿論、同様の条件を整えていたのは、タイのみならず、マレーシア、シンガポールなどにも共通でした。その中で、タイのロングステイを魅力的にしていたのは、日タイの親和性と言って良かったでしょう。タイに来て日本人が何となくほっとする、懐かしい感じがするというのは、何故でしょうか。その一因にはタイの文化、風習に日本人に似たところがあるからではないでしょうか。そうしたことからタイ人と日本人の民族的な関係性に関心を持ちました。以下、その時にタイでのロングステイ入門として纏めたものの冒頭をご紹介します。


タイ人とタイ族

タイ国に住んでいるものがタイ人とするとそこには様々な人種が住んでいることに気がつきます。バンコクでは、タイ人とはいってもここ数世代の間に中国からやってきた華僑の人々が多くを占めています。また、インド系の人々やモスリムも相当数います。南タイでは人種問題が治安に深刻な影響を与えています。北タイに行けば、様々な少数山岳民族もいます。タイ人の起源を考える際、こうした国籍上のタイ人として考えるか、人種的なタイ族を考えるかで、考察対象は大きく異なります。タイの文化、風習の多くは、これらの各種の人々が作り上げているものですが、その中核にあるのは、タイ族のものと言えます。では、大元となるタイ族はどこから来たのでしょうか。


タイ族は中国南部からインドシナ半島に南下

タイ族の大元となるタイ・カダイ語系種族はもともと中国広西省周辺に居住していました。その一部は紀元前に雲南に移住し、稲作中心の生活を営んで、チュワン・タイ語族の起源となったと考えられています。後漢書には、雲南に哀牢国というタイ族の国家に関する記載が残っています。その後、西暦8世紀頃から雲南省にチベット・ビルマ系の南詔国が成立し、その圧迫を受けて、インドシナ半島へのタイ族の南下が進展したようです。


インドシナ半島各地に広がったタイ族

タイ族は、水稲を中心とする民族ですので、雲南からメコン川沿いにタイ、ラオス方面に南下してきたと考えられます。その広がりは、意外と広く、タイ国外でも、西はインドのアッサム地方の一部、ミャンマー北部、東はラオス、ヴェトナムに及んでいます。元々のタイ族は、川沿いに集落を設けて、水稲生産を生業とし、米を主食とし、高床式家屋に住み、牛や水牛を飼い、機織をし、タイ暦に従って水掛祭りなど様々な伝統行事を行う民族です。ただし、インドなどでは生活習慣は大きく変わっているようです。


タイ族と日本民族の共通点

里山における水稲文化を基盤として、タイ族と日本民族の共通点は、食事、宗教、祭り、音楽などの分野を中心に数多く見られます。さらに、私が注目するのは、アジアの中心にいる漢民族との関係など国際関係の類似です。タイ族も漢民族から言語、稲作など実用文化面の圧倒的な影響を受けながら、漢民族を取巻く有力な周辺民族として独立王国を維持してきました。魏志倭人伝では、邪馬台国の倭人について、タイ族と祖先を同じくする越の国の入墨、断髪と類似していると評しています。漢民族から見ると、似たように見えたところもあったようです。


ロングステイの環境変化

日本からタイへのロングステイには、以上のような民族的な親和性も大きな原動力となっていたと思います。この頃のロングステイの基本的な発想としては、日本の高物価に対して、円高を活用して海外でもっと豊かな生活をしようという豊かさ志向が基本にあったと考えられます。しかし、最近のロングステイはもっと切実な生活問題が絡んできているようです。


シニア年金生活者から増える問い合わせ

最近タイへのロングステイのサポート組織JTIRO(日タイ国際交流機構)事務局に「ブログを見てお尋ねしたいが」と断って、一人様シニアからのタイ・ロングステイの相談が増えてきているそうです。以下、同機構事務局長のメルマガからその一部を引用させていただきます。
そうした相談者の質問は、

など、どう見ても、従来のロングステイヤーとは、質問内容の感触が異なる状況だそうです。


日本からの貧困輸出の恐れ

国民年金の取得シニア層、いわゆる月額7万円未満の年金者が、日本での生活苦から逃れるために、その年金額で十分生活可能なチェンマイを目指すという図式が見て取れると言うのです。ロングステイビザ(査証)の取得には、通常80万バーツ(220万円)の預金残高証明が必要ですが、その持ち合わせがないため、観光ビザだけでタイ入国をはかり、その後観光ビザだけで不法滞在することになる恐れがあります。実際に、同機構が把握した現地チェンマイの情報では、タイ人が住まう下町辺りに暮らす日本人集団の姿を見たとの情報が増えてきているようです。


ロングステイの成熟化と複雑化

嘗てのより豊かな生活を求めて中産階層が希求したロングステイであれば、受け入れ国としても所得移転や文化交流面でのメリットを享受できます。しかし、貧困層の移住に近い形態が増えてくると様々な摩擦が生じかねません。今は免除されている観光ビザが必須とされたり、在留邦人保護の問題も増大することが懸念されます。



(JTBFロングステイ委員会)