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バックナンバー 2012-12

「フラッシュバックタイランド」
タイ国日本人商工会議所「所報」より転載

~元タイ駐在員のその後~ 第7回

JTBF会員: 渡辺和彦
2012/12/01

 懐かしいバンコクJCC の所報に寄稿する機会をいただき光栄です。

 私は1996 年王子製紙のタイ初代駐在員としてバンコクに赴任しました。タイの製紙会社から合弁事業の提案があり、その実現のためでした。バンコクには1970 年に訪問したきりで、その変わりように目をみはりました。それだけに西も東も分からない状態だったのです。そんな中で先輩の進出企業やJCC の方々に色々と助けていただきました。まず50%ずつの合弁会社を設立、タイ側は自社が保有する工業団地の一画を工場用地として現物出資しました。工場の建設にかかりましたが、はなから設計施行、設備などの業者の選定でもめ中々作業がすすみませんでした。欧州、アメリカで15年過ごしたあとでしたから、華僑系のパートナーの約束を守らないご都合主義の態度に業を煮やしたものです。1997 年のソンクランのあと、やっと用地の整地にかかった矢先7月のバーツ変動制移行にともなう大幅切り下げが起こりました。合弁相手は手を引くと言い出しました。さてどうするか?資本金の払い込みはその時点でまだ四分の一程度であったのでこのままご破算とも思いましたが、BOI がそれまで認めなかった外資100%を認めるという決定をだしましたので単独でやってみるか、ということになりました。そして7月末に第2回目の資本金払い込み時には何と1ドル57 バーツの底値のレートとなり為替差損はほぼ取り戻したという、ラッキーな出だしとなりました。合弁相手にゴネられて着工が遅れたというのも結果的にはプラスとなった訳で、人間万事塞翁が馬ですね。翌1998 年7月操業開始、タイ日系企業の仲間入りとなった訳です。

 製紙と並行して、原料の植林もと考え色々調査研究を行いました。植林の研究をしていたカセサート大学の先生や学生とともに東北地方を歩き回ったこともあります。しかしタイにおける土地利用の難しさに加え、植林したいユーカリが生態系を破壊すると政府、官僚さらには農民の間で広く信じられていて( そういう考えには多いに異論があるのですが)、植林は断念することになってしまいました。本当はエコロジーに寄与する植林のやり方があり、だんだん人手不足になっていく農家を支える手段としても有望で、タイにとっても大きなメリットがあると考えていたので今でも残念です。現在王子製紙ではベトナム、ラオス、中国の広西自治区などで植林を展開しており、特にラオスは順調に面積を伸ばしています。さらにカンボジア、ミャンマーにおける植林を企画し政府と交渉中です。この交渉には王子製紙顧問にご就任いただいた赤尾元駐タイ大使にご活躍いただいております。

 JCC では理事、生活部会長をさせていただきました。ドイツやアメリカにも駐在しましたが、バンコクのJCC は立地国の政府に対してものの言える立派な在外商工会議所のひとつであると感じています。
 2005 年3月迄、8年半王子タイの社長として勤務、これからはアジアの時代だなあという事を強く感じて帰国しました。

 帰国後、王子製紙から日本在外企業協会(日外協) に専務理事として出向しました。日外協が発行する「月刊グローバル経営」は、バンコクJCC のロビーの書架にも置かれていますので、ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。この日外協の設立にはタイの存在が深く関わっているという因縁があります。1973 年タイにおいて日系企業のオーバープレゼンスなどが原因となって反日感情が高まっていました。1974 年、当時の田中首相訪タイの際には学生を中心とした反日デモが発生したことはご記憶の方も多いと思います。首相に随行した中曽根通産相は帰国後、経団連などに対し、日本企業の海外進出のあり方を見直すよう求めました。これを受けて経団連、日経連、日商、経済同友会、日本貿易会が集まり「海外投資行動指針」を策定、それを推進するための機関として各団体や企業からの出向者を軸に設立されたという経緯があります。つまり、タイの反日運動がなければこの協会は存在しなかったかも知れません。その後日本企業の海外進出は進出先への十分な敬意をもって行われるようになり、この面での日外協の役割は終わったと言えますが、現在では海外進出にともなう様々な問題について企業や学識経験者とともに研究し、進出企業にアドバイスを行う活動が主体となっており、まさにグローバル時代にふさわしい事業を展開しております。主な活動内容として下記のようなものがあります。

 ➀ 進出相手国との社会保障協定に関する政府への建議
 ➁ 国別あるいは地域別進出先の投資環境、労働事情
 ➂ 海外安全、海外医療、メンタルヘルス
 ➃ グローバル人材の育成
 ➄ 海外駐在員の処遇の研究
 ➅ グローバルCSR
 ➆ 海外におけるBCM
 ➇ 海外子女教育
 ➈ 海外赴任前セミナー
 ➉ 東南アジア日本語コンテスト支援
  ➁➂➃➄➅➆➇に関してはセミナー、シンポジウム、ハンドブッックの作成などを行っています。

 この協会には4年間在籍しましたが、先進進出企業の経験や見識を、経験の浅い企業、これから進出する企業に伝えて行く大切さを痛感しました。海外進出に関しては数多くの成功例の陰に、無数のあまり語られる事がない失敗例が潜んでいる現実を思い知らされました。現在またさらなる円高や国内市場の低迷により海外進出に拍車がかかっております。そして円高を利用した企業買収も盛んです。より多くの海外で活躍する人材が求められていますが、グローバルな人材の育成は日本の産業界にとって急務であるという気がします。

 タイから帰国後、すぐに日タイ・ビジネスフォーラム(JTBF) からお誘いを受け、参加いたしました。JTBF についてはすでにこの設立の経緯などご承知と思いますが、在日タイ大使館のパートナーとして、またタイOB の親睦の場として大変意義のある集まりです。JTBF ではGMS 委員長や、最近では副会長まで仰せつかり、私などで良いのかなと思いつつ勤めさせていただいております。前述の日外協時代を通じて多くの国の在日大使館と接触がありました。いくつかの国々はJTBF に似た組織を持っておりますが、その多くは会員がその国との直接の利害関係を持っていてロビー活動に利用しているケースが多く、JTBF のように純粋にタイを応援しようという団体はまれです。タイはこんな応援団を持って幸せだとも言えますが、裏がえせばタイが応援したくなるような国なのだという事でもありましょう。

 最後になりますが、この度は大きな水害の被害を受けたJCC 会員の皆様に心からお見舞いを申し上げたいと思います。海外投資の上でタイにカントリーリスクがあるとすれば、まさにこうした水害はタイの泣き所で、今後タイ政府が抜本的な水害対策をとることはさらなる投資を誘致する上で最重要な課題となりましょう。昨年は日本でも大震災がありました。電子部品の事業をやっている私の知人は、宮古の工場を津波で流され、アユタヤの工場が水に浸かり1年のうちに2度の大きな不幸に見舞われました。それでもめげずに両工場を再開すると頑張っている姿に日本人の真の粘り強さを見る 思いです。

 JCC の皆様、ご帰国後はJTBF でお待ちしております。


(元王子製紙タイランド社長)