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バックナンバー 2013-03

「フラッシュバックタイランド」
タイ国日本人商工会議所「所報」より転載

~元タイ駐在員のその後~ 第10回

JTBF会員:中村 完
2013/3/01

タイ国との付き合い

 私は1958年、東京外語大学のタイ語科を卒業しましたが、眼が紅緑色弱で、繊維、電気、化学など色彩を使う産業には就職が難しかったため、タイヤならば黒しかないし、しかも原料の天然ゴムはタイ国が主要生産国、ということでブリヂストンに第一志望で入社しました。最初にタイ国に赴任したのは、入社1年後の1959年8月、ブリヂストン・バンコク駐在員事務所に勤務したのが始まりで、その後の長いタイ国との付き合いが始まりました。最初は、日本からの輸出販売でしたが、1967年になり、タイヤ生産工場設立の計画が持ち上がり、BOIの認可・恩典を取得して、工場建設が始まり、1969年1月、いよいよ本格的なタイ国でのタイヤ生産が開始されました。 1970年代には日系自動車各社もタイ国内での生産が大きく飛躍した頃で、各種の自動車部品産業が工場進出し現地生産が急激に増加しました。

JCC 労務委員長

 私は、タイブリヂストンの立ち上げから、1977年まで勤務し、一旦、本社に戻りましたが、1979年末にはタイブリヂストンの社長として再度来タイ、1980年よりJCC理事会社として、前任者より労務委員長を引継ぎ、1984年まで労務委員長を務めました。

 1970年代後半から80年代はタイ国にとっては発展と変動が重なった時期でした。政治的にはベトナム戦争が終結し、力を持っていた軍政から民主政治に移行し始めた時期で、社会的には、工業労働者が激増し、折からの民主化と重なり、日系企業でも労働争議が頻発しました。これらを良い方向に指導し、健全な労使関係を築くために、タイ国内務省は、雇用関係を規定していた軍事革命評議会布告103号を廃止し、新たに、近代的な労使関係を規定する「労働者保護法2518」を発表しました。この新しい労働法により、労働時間、時間外労働・休日労働の割増手当、解雇等の規定が明確化されました。他に、労働者のための労災基金が設立されたり、雇用者との紛争解決のための労働裁判所に関する法令も出されたりで、労使関係に大きな変革をもたらした時期でもありました。

 私は、JCC労務委員長就任後、直ちにこの、この「労働者保護法2518」、「労災補償法」、「労働裁判所法」及び関連法令について、日本語で出版し進出日本企業の便に供したいとJCC理事会に提案し、村嶋英治氏の翻訳協力を得て、1982年6月出版の運びとなりました。この翻訳本はJCC会員各社にとっては大変役に立ったと感謝とお褒めの言葉を頂きました。この労働法の出版を機に、JCC労務委員長として、タイ国政府と連携して労働法に関するセミナーを度々開催し、日系企業の管理者に対し新労働法の啓蒙を計りました。

 私どものタイブリヂストンでも1983年に労働争議が発生し、60日間工場を閉め、労働組合と難しい交渉を続けた経験もあります。このような労働事情が不安定な時期に、日本大使館でも、初めて労働問題の専門担当として、1982年、高木 剛一等書記官が赴任され、日系企業の労働争議に数々のアドバイスを頂きました。高木氏は帰国後、連合の会長に就任され活躍されましたが、この時期の経験も活かされていたのではないでしょうか。

現在の仕事:タイ人技能実習生の受入れ

 私は、ブリヂストンを退社後、1999年、現在勤務している公益財団法人 国際人材育成機構に就職しました。この財団は、外国人技能実習制度に基づいてタイ、インドネシア、ベトナムの三カ国から政府直接派遣の技能実習生を受入れ、3年間の技能実習を企業に委託し、監理する仕事を行っています。私は、財団がタイ国より技能実習生の受入れを始めるということで、タイ語堪能として迎えられ、労働省との折衝・連絡ならびにタイ語での各種書類の作成、技能実習生の生活指導等に携わっています。

 数年前までは、外国人実習生は、低賃金や劣悪環境の3K産業で働かされるという報道もありましたが、政府も2009年に法改正を行い、技能実習生は日本人従業員同様に、労働法に基づく最低賃金、労働時間、36協定、社会保険などの適用を受け、厳しい規制の基に技能実習を行っています。また、この法改正では、日本で働く技能実習生には、労働法の要約解説が義務付けられており、労働法要点の翻訳、タイ語による解説書の作成など、JCC労務委員長時代に身に付けた労働関係のタイ語知識や経験などが、現在の仕事に大いに役立っています。

 弊財団ではインドネシア、ベトナム、タイの3ケ国から既に35,000名以上の技能実習生を受入れていますが、タイ国からは、2000年より受入れを開始し、昨年末までには、2,500名以上を受入れています。実習生は、タイ国労働省が直接募集、選考を行い、労働省チョンブリー能力開発センターにて日本語の学習を4ケ月間行い、日常会話、ひらがな、カタカナが読み書き出来るようになった後に日本に派遣されます。

 因みに、技能実習生が日本の企業にて実習する場合の賃金については、日本の最低賃金額が保証されていますので、タイ国内での収入と比較するとかなり好待遇となります。三年間無事に技能実習を修了すれば、大体100万バーツ位手元に残すことが出来ます。それだけに応募倍率は4~5倍の高さです。また、大変勤勉で、三年間の日本での滞在中、毎年、日本語検定のN2、N3級合格者も多勢おります。日本の工場にて技能実習を終了した実習生は、日本語会話、労働慣習、社内規律を習得しているなどの理由から、タイ工場での中間管理職として採用している企業も多く見られます。

 一方、受入れ企業側の負担は、技能実習生の給与、財団の管理費等合計で一人当り年間300万円弱、日本での一人当りの人件費よりは安い上に、若くて元気な青年が働くので、工場の活性化にもなっています。タイ国の工場にて、日本語の判る従業員を望まれている企業にとりましては、役に立つ制度ではないかと思い、この機会をお借りしてJCC会員企業の皆様に紹介させて頂きました。もしも弊財団の事業につきまして、関心をお持ちの場合は、財団ホームページ http://www.imm.or.jp または、財団バンコク事務所(02-245-0408)にお問い合わせ頂ければ資料等をお送りいたします。

 大学でタイ語を勉強して以来、既に半世紀以上に亘りタイ国と付き合って参りましたので、タイ国は私にとりましては人生そのもの。 最後に、タイ国でご活躍されている皆様のご発展を祈ります。


(元タイブリヂストン社長)