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バックナンバー 2014-09

「フラッシュバックタイランド」
タイ国日本人商工会議所「所報」より転載

~元タイ駐在員のその後~ 第26回

JTBF会員:三浦 頸
2014/9/01

1回目の赴任

 1987年7月30日、開港したばかりのドンムアン空港に到着した。効きの悪い冷房の中で、背広にワイシャツ姿の私は汗だくになってトランクが出て来るのを待っていた。
 以後6年間、海外現地法人では利益頭のタイ味の素㈱で人事労務・総務・広報・購買の内部管理の業務に就くことになる。
 それまでタイ語のイロハも知らなかったため、午後は仕事をしないでよい、との社長指示で(事実は全く無理であったが)、サートンにあったYMCAに当時間借りしていたNISAというタイ語学校に月~金の14時~17時、10週間通った。僅か150時間の学習であり、理解をしたというレベルには程遠かったが、ちょっとした会話が少しわかるようになって随分気が楽になった。とはいえ、業務上の意思疎通はやはり英語でしなければ、危ない思いがあった。
 現地赴任後すぐにタイ語学校に通わせるという仕組みは現在も続いているが、現地語の習得は現地でやるべし、というのが私の考えである。赴任前に日本で高額の授業料を払って速成コースに通うことも意味がない訳ではないが、やはりその国の中で現地の雰囲気も感じながら学ぶことが一番である。
 タイ味の素グループでは、味の素、風味調味料“RosDee”(ロッディ)、缶コーヒー“Birdy”、即席めん“YumYum”(ヤムヤム)、飼料用リジン、核酸、冷凍食品(主に日本向け)などを生産・販売している。
 タイ味の素は当社の海外事業の中では生産・販売の現地法人設立が最も早いもののひとつであり、輸出が奨励されていた当時の日本経済の中にあって、主原料の現地調達、現地生産・現地販売を目的としてスタートしている。タイ投資委員会(BOI)の適用第1号グループであり、その恩恵を受けての操業開始だったが、外国資本を誘致・導入して国の経済発展を目指す、その方針に感心したものである。
 1991年春、シ・アユタヤ通りにあった旧本社ビルと配送倉庫を撤去、新たに18階建ての新本社ビルを建設、折からバンコク市内ではオフィスビルの建設ラッシュだったが、時期的に辛うじて滑り込みで完成、テナントにも入居して頂きひと息ついた。
 1993年春、その当時タイ国内では販売されていなかった缶コーヒー“Birdy”を他社に先駆けて発売した。数年後Nestleが缶コーヒーを発売、猛追を受けたが発売後20年たった今でもシェアNo.1の地位を守っている。先人たちに築き上げて頂いた盤石の販売網があったからこそであるが、“先んずれば制す”を成し遂げた事業といえる。

2回目の赴任

 1999年7月、6年を経て再びドンムアン空港に降り立った。
 その2年前、1997年7月にタイを発生源として勃発した通貨危機を私の前任者が無傷で乗り切ってくれていたので、ダメージを受けずに済んでいたが、タイ経済はやや閉塞感があり、業績は伸びてはいたが期待したほどではなかった。
 1997年、同国の海外投資誘致政策もあり、投資許可を得てミャンマー、ヤンゴン市に工場を建設、その後味の素の生産を開始したところ、ミャンマー政府から味の素以外の製品を生産するようにとの命令があり、時の軍事政府と何度となく交渉したが、2000年ついに設備を撤去、事実上の休眠会社として現在に至っており、極めて残念な出来事であった。このところの政府の方針転換で、漸く工場再開の光が見えつつあるが、任期中に経済発展の道筋をつけるという現政権の最重要目標もあり、尚紆余曲折があるかもしれない。

JCC会員の皆さんへ

 一般論ではあるが、我々日本人は欧米人にはやや気遅れをする割りに、アジア系の人に対しては有意識・無意識に変な優越感を持っているということはないだろうか。
 同じ人間同士、そのような気持を持っていたら必ず相手には伝わる。人間としてお互いに敬意を持って同じ目線で接することが最も大切なことであろう。と同時に、会社の代表であるとの意識は当然持たれていると思うが、併せて、大使館ではないが、日本の代表である、との意識も持っていただければ、タイ国における日本の存在意義を更に高めることにつながるのではないだろうか。
 周辺国が次々と共産化、社会主義国化していく中で、己れの立ち位置を変えることなく乗り越えてきているのがタイ国である。
 あの“微笑み”の中に隠されている、良い意味でのしたたかさを日本も学ぶべきだろう。
 我々日本人から見るとタイの人にはイライラさせられることが多々あるが、これも考え方、文化の違いである訳で、タイ人には極めて心の温かい誠実な人が多いこともまた事実である。
 海外に居住し、仕事をすることは得難い経験である。是非タイの歴史・文化そして人を知り、公私ともに充実した生活を送って頂きたいと思う。
 2002年7月、3年間の2回目の赴任を終え帰国した。
 スワンナプーム国際空港が正式に開港したのは4年後の2006年9月のことである。



元タイ味の素(株)社長