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バックナンバー 2020-09

唐船風説書

第42回 2020.9.1 配信
JTBF 広報委員会

タイとの交易は、御朱印船の時代(16世紀末から17世紀始め)、当時の王都であり国際的な港湾都市として繁栄したアユタヤとの間で盛んであった。その後鎖国によって交易は途絶えたと思われがちであるが、実際は唐船を介して継続していた。唐船は中国沿岸はもとより遠く東南アジアと長崎を結び、その船乗りの口述記録は「華夷変態」(1644~1724 林春勝と林信篤の編纂)に納められている。その中から東南アジアを出航地とした記録を拾い上げ英訳したのが「The Junk Trade from Southeast Asia」で石井米雄氏(京大名誉教授、故人)の執筆による。JTBF 広報委員会は、この本に触発され、華夷変態から特にタイを出航地とした記録を抽出して現代文に訳して紹介していきたいと考えている。出航地はシャム(アユタヤ)、リゴール(ナコン・シータマラート)、パッターニー、ソンクラーである。シャムとリゴールは山田長政ゆかりの地でもある。


元禄十一年(一六九八) 六十九番カンボジア船の唐人共の口述

私共の船は、当正月福建の内厦門で積荷を仕立て、商売の為カンボジアに渡り、彼地にて商売を終えそのまま帰船して、直に御当地へ来朝する予定で、カンボジア出産の荷物を調え、六月朔日にカンボジアを出帆して渡海して参りましたが、洋中に於いて大風に逢い帆柱を折り、沈溺の危い状態でしたが、運命強く風難を遁れ、ようやく七月十四日に寧波迄凌ぎ渡りました。寧波に於いて船を乗り替え、また糸端物等を積み添え、唐人三十四人が乗り組んで、八月十六日寧波を出船したところ、海上の風並みが悪く、逆風ばかりで度々船を乗り戻り、思いの外日数を要し難儀しましたが、徐々に風波を凌ぎ、日本の地何国へも船を寄せることなく、直に今日入津致しました。もっと早く来朝する筈でしたが、上述のような不具合故、渡海が延引してしまいました。当年カンボジア仕込みの商船は、私共の船を含めて都合四艘でございます。ただ今承りましたところ、二艘は先に入津した由にございます。今一艘は本国へ帰国したとのこと、寧波に於いて承りました。船頭陳元演儀は、去年十三番船の乗員でした。この度乗り渡ってきた船は、初めて渡海してきた船でございます。

次にカンボジアのこと、国土太平でございます。異変の沙汰は曾て聞いておりません。このことは先に入津したカンボジア船よりも申し上げたことと思います。さて又大清の様子ですが、いよいよ変りなく諸省共に寧謐とのこと、寧波に於いて伝え聞きました。その他変わったこともなく、付け加え申し上げることはございません。

 右の通り唐人共が申すに付き、書付け差上げ申しあげます、以上。
 寅十月六日       唐通事目付 唐通事共


元禄十二年(一六九九) 三十四番カンボジア船の唐人共の口述

私共の船は、元厦門で積荷を仕立てた船で、去冬十二月に商売の為カンボジアに渡り、商売を終えた後直に御当地へ来朝する予定で、そのまま滞船して、当六月十五日に、唐人六十九人が乗り組んで、彼地を出帆し渡海して参りました。ところが同廿四日洋中に於いて大風に逢い、危い状態でしたので、是非無く船上廻りの荷物を少々取り捨て、運にまかせて漂流している内に風も静まり、ようやく風難を遁れました。また日本の地は何国にも船を寄せることなく、直に今日入津しました。本船頭洪鐘官、脇船頭鄭中理、ならびに船ともども今度が初めての渡海でございます。されば、大清の地より商船都合七艘がカンボジアに商売に渡海し、これらの船の内四艘が商売を終えて本国へ帰国しようとしたところに、カンボジア湊外にて賊船数十艘が待ち請けて、四艘の般の荷物は過半奪い取られました。しかし乗組の唐人共は、一人も殺害されず、只荷物を過半押収されただけで差免されたので、右四艘の船は、又々カンボジアに乗り戻りました。カンボジアより直に御当地へ赴く筈の船が今一艘ございましたが、この船が恙無く来朝できるかどうか、はかり難いことでございます。私共の船も、この賊船共を遠くに見かけましたが、幸い遁れることができました。これらのことは大清の地へ伝わりましたので、当分カンボジアへの往来は止むものと思われます。

さて又カンボジアの外奥国の事、何方も遠所にあるため何の風聞も聞いておりません。大清当年の安否、私共の船は去冬よりカンボジアに渡海しておりましたので存じておりません。定めて大清諸湊より来朝の唐人共が、委細を申し上げていることと思います。以上の他、付け加えることはございません。

 右の通り唐人共が申すに付き、書付け差上げ申しあげます、以上。
 卯七月十三日        唐通事目付

右之通、唐人共申外に付、書付差上申外、以上、


文責 奥村紀夫(JTBF 会員)