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バックナンバー 2021-01

唐船風説書

第46回 2021.1.1 配信
JTBF 広報委員会

タイとの交易は、御朱印船の時代(16世紀末から17世紀始め)、当時の王都であり国際的な港湾都市として繁栄したアユタヤとの間で盛んであった。その後鎖国によって交易は途絶えたと思われがちであるが、実際は唐船を介して継続していた。唐船は中国沿岸はもとより遠く東南アジアと長崎を結び、その船乗りの口述記録は「華夷変態」(1644~1724 林春勝と林信篤の編纂)に納められている。その中から東南アジアを出航地とした記録を拾い上げ英訳したのが「The Junk Trade from Southeast Asia」で石井米雄氏(京大名誉教授、故人)の執筆による。JTBF 広報委員会は、この本に触発され、華夷変態から特にタイを出航地とした記録を抽出して現代文に訳して紹介していきたいと考えている。出航地はシャム(アユタヤ)、リゴール(ナコン・シータマラート)、パッターニー、ソンクラーである。シャムとリゴールは山田長政ゆかりの地でもある。


元禄十六年(一七〇三) 七十番 シャム船の唐人共の口述(注①)

私共の船は、シャム国王仕立ての船で、唐人数百十二人、その外シャム二人、都合十四人が乗り組んで、当五月十八日彼地を出船して渡海して参りました。この夏シャムより御当地へ趣いた船は三艘でございます。私共の船に先立って一艘出船しましたが、ただ今承ったところでは、この船は未だ入津していないとのことでございます。かえって後から出船した一艘が先に入津しており、即ち六十九番船とのことでございます。その外シャム属国の脇湊より仕立ての船は無いと承っておりますが、湊の数が多くありますから、俄に仕立てる船も有るかもしれず、確かなことははかり難いことでございます。この度の渡船の途中、洋中の風が不順で、殊の外日数を要し、その上六月廿二日に大風に会い、とても危いことになりましたので、船上廻りの荷物等大分海に取り捨て、運に任せて漂っておりました所、つつがなく船を乗り切ることができました。もっとも日本の地何国にも船を寄せることなく、直に今日入津しました。船頭黄使官は、今度初めて渡海して参りました。乗渡ってきた船は、去年の五十九番船でございます。

次にシャムのこと。いよいよ静謐でございます。しかしながら、属国のリゴールと申す所が謀反を起しました。とは云えさして変乱に及ぶこともなく、ほどなく平定されました。かつまた河南も、少々騒がしくなったと伝え聞きましたが、遠い所でございますから、 詳しい様子は分かりませんが、これも又静まった由、私共出船の折の風聞でした。さて又シャムより当年ご当地へ赴くおらんだ船のこと、何艘になるのか存じておりません。ジャカルタ仕立てのおらんだ船が二艘、シャムへ乗り入れていましたから、定めてこの船が来朝するのではないか存じ上げますが、委細は先に入津した船の唐人共が申し上げていると存じ上げます。この外別に申し上げるべき異聞少しもございません。

 右の通り、唐人共が申すに付、書付け差上げ申しあげます、以上。
 未七月八日    風説定役
          唐通事目付
          唐通事共


元禄十六年(一七〇三) 七十一番 シャム船の唐人共の口述(注①)

私共の船は、シャム国王仕立ての船で、唐人数九十五人、外にシャム人三人、都合九十八人が乗り組んで、当五月十四日に彼地を出船して渡海して参りました。この夏シャムよりご当地へいたシャム国王仕立ての船は三艘でございますが、後から出船した二艘が、かえって先立って入津した六十九番、七十番船の由にございます。その外の脇湊より仕立ての船は無いと承っておりますが、大清の諸省より商売にシャムへ渡海する船は多くございますから、これら船のうち、直にご当地へ赴く船もあるかと存じ上げます。さて又私共出船の折、ジャカルタよりおらんだ船が二艘、シャムへ乗り入れて居りました。しかし、ご当地へおらんだ船が何艘参る筈にございますか、それは存じ上げておりません。私共がこの度渡海の途中、洋中風が不順でしたので、殊の外難儀しました。その上六月廿二日に大風に会い、船上廻りの荷物を海に取り捨て、船を軽くした漂っておりましたが、ようやく風難を遁れ凌ぎ渡って参りました。もっとも、日本の地何国へも船を寄せることなく、直に今日入津いたしました。船頭王定官と乗り渡ってきた船は、いずれも去年の六十六番船の人船でございます。

次にシャムのこと、いよいよ静謐にございます。しかし、広南その外リゴールと申す所が、当春少々騒がしくなった由承りましたが、ほどなく静まりました。その外の属国は何方も変乱の沙汰はかつてございません。定めて委しいことは、先に入津した唐人共が申し上げたと存じ上げますので、重ねて申し上げるに及びません。以上の外、別に申し上げるべき異説は少しもございません。

 右の通り、唐人共が申すに付、書付け差上げ申しあげます、以上。
 未七月九日    風説定役
          唐通事目付
          唐通事共


文責 奥村紀夫(JTBF 会員)