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バックナンバー 2022-01

リレーエッセイ

第1回 2022.1.1 配信
JTBF 広報委員会


私の中のタイの思い出

皆様、明けましておめでとうございます。日タイビジネスフォーラムは、90年代以降中心にタイに駐在し、バンコク日本人商工会議所で活動した日本人ビジネスマンが帰国してから、タイへの恩返しのために日タイ交流団体として立ち上げた組織です。ホームページでは、タイ経済や日タイビジネス交流、タイの地方の魅力紹介などを発信してきています。そのトップページでは、ホームページの運営をボランティアで行って下さっている奥村会員が江戸鎖国時代の日タイ交流の実相を紹介してきました。当時の出島に来訪する中国船員から聴き取った唐船風説書からタイ・カンボディア中心の来航記録を現代語訳した57回に亘る連載でした。英文の同記録紹介は続きますが、日本語版は昨年末で終了し、アーカイブに保存されています。私自身も日タイ交流というと千利休が目利きしたスンコロク焼き、山田長政の武勇やアユタヤの日本人街を想起するものの、明治維新までの鎖国時代は空白期間のように思っていました。それが実は唐船交易を通じて交流が続いており、当時の東南アジア情勢も幕府はそれなりに把握していたということは面白い発見でした。ご興味のある方は末尾のアーカイブや英文ホームページを御覧ください。

新年からホームページトップでは会員のリレーエッセイを再開します。特に、2002年JTBF発足時よりも最近に入会した新しいメンバーを中心に、ご自身のタイでの駐在経験、その後の日タイ交流、現在の関係などをご紹介いただきたいと考えています。第一回目は広報委員長を引受させていただいている私からリレーエッセイの趣旨説明と自己紹介を掲載させていただきます。

私自身のタイとの関係は、89年経済企画庁在職中にESCAP構造調整会合に当時の世銀の構造調整融資とアジア途上国の経済発展に関する論文を発表するために出張したのが始まりです。現地では大学の同窓が日野自動車の現地工場に赴任しており、案内をして貰いました。灼熱の太陽の下で、ツクツクが疾走し、タラートと呼ばれるマーケットで汎ゆるものが売られ、人々の経済成長への熱気の感じられる街に魅了されました。帰国してから上司にタイ赴任希望を伝え、その願いが叶って91年3月~94年6月在タイ日本大使館に赴任することになりました。

赴任当初の担当は、親元と前任者の所掌を引継いでタイ経済・有償資金協力全般でしたが、ちょうどカンボディア和平が日仏タイの協力のもとに実現した時期であったため、新たに持ち上がったインドシナ復興開発という課題を担当することになりました。この仕事は、極めて興味深い仕事で、現在でも私自身のライフワークになっています。現地の大使館の主な仕事は、日本からのインドシナ開発ミッションのアテンドをすることが基本です。インドシナ開発復興は、戦後日本が国際社会で果たした積極的な和平復興支援外交の筆頭に来るものだと思います。日本政府、政界、経済界、PKO部隊を含めて大変な数のミッションがタイ経由でカンボディアを訪問し、そのたびに週末中心に往復でバンコクに滞在して、大使館との情報交換を行います。そこで担当官であった私は土日もなくミッションのアテンドや情報収集に駆け回った記憶があります。

タイ政府とのインドシナ復興に関する政策調整も多く、特に日タイで進め方に隔たりのあったメコン第二架橋の開発調査の現地会合に仲裁に出向いたことがあります。深夜に自家用車を運転してバンコクを出発してカンボディア国境アランヤプラテートまで疾走し、会議に間に合わせたことなど今でも昨日の思い出のように蘇ってきます。タイ政府側も日本の外交官が自走で国境までやってきたことに驚き、それ以来タイ政府高官の厚い信頼も得て、交渉がスムーズに進みました。その高官とはそれ以来家族づきあいをさせて頂き、お嬢さんの結婚式にも呼んで頂きました。

カンボディアには日本大使館の立ち上げのお手伝いのため短期間ですが出張在勤させて貰いました。トンレサップ湖に浮かぶ船上に暫定設置された日本大使館で、日本から訪れる復興支援関係者のためにカンボディア案内、プノンペン案内の初版を作成したのも記憶に残ります。和平直後で深夜には街角で銃声が響く中、寝床を確保のため、乗りなれないバイクを操って銃弾で穴だらけの民宿のようなホテルを渡り歩きました。当時の参事官のご厚意でタイ帰国前の週末にはアンコールワットを訪問し、コカコーラと壁画拓本を同じくワンダラー、ワンダラーと売り歩く裸足の少年からお土産に何枚か買って帰りました。今でも自宅の玄関にアンコールワットの拓本画を飾っています。(前半了、後半はまたの機会に)


カンボディア和平復興期に地元の少年から買ったアンコールワット壁画の拓本


大使館勤務時からの友人シントン大使をJTBFメンバーで大使館に表敬。左端から筆者、小山、佐藤、シントン、バウォン、竹岡(敬称略)



文責 舘 逸志(JTBF 広報委員長)