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バックナンバー 2022-06

リレーエッセイ

第6回 2022.7.1 配信
JTBF 広報委員会


日タイ交流の深さを考える


 思い返してみると、私とタイとの交流が始まって15年が経過しました。日タイ交流全般については先月原田さんからリレーエッセイをいただいていますので、少し観点をずらし、長らく従事した経済協力(ODA)業務及び経済調査業務を主眼としてこれまでの経験をもとにエッセイを寄稿します。

円借款供与を示す地下鉄駅のプレート(2019年3月撮影)

 タイとの交流を初めて身近に感じたのは2006年秋のことです。留学から帰国し、発足したての外務省国際協力局に出向したころの話でした。2006年クーデターが発生し、日本から対タイ経済協力への扱いについて省内での真剣な議論が交わされていたのを覚えています。その後もODA供与については1998年のピークから減額が続く中、国会や学会でもその使途や目的につき盛んに議論が行われていました。こうした議論に参加する中で、経済協力は現地の経済社会に貢献しており、中でも東部臨海開発を中心としたインフラ整備は、プラザ合意後の日本企業の進出もあいまってODA供与の効果が上がっている代表例ではないか、という基本的認識を得ることができました。

強制排除の翌週末にバンコク中心部を清掃する住民(2010年5月撮影)

 その後、縁あって2009年7月から2012年8月まで在タイ日本国大使館に勤務することになりました。実際にバンコクを中心としたタイの豊かな生活を共にする中で、これまでの経済成長の成果を実感しました。折しもバンコク騒乱が拡大し、大使館前に位置するルンピニ公園でも銃撃戦が発生するなどの影響はありましたが、外国人が多く居住するスクムビット地区は影響を受けず、日常生活を続けることができました。90人近くの尊い犠牲者を出しつつも、幸いにして、内戦は2010年5月19日の一日で終了し、翌週5月24日からは大使館も通常どおりの業務を再開することができました。

 タイ国内の動揺の時期ではありましたが、タイの開発に取り組まれ副首相まで勤められたSnoh Unakul博士に旭日大綬章が授与されたことも思い出の一つになっています。大使公邸での受賞祝賀会が大使館仮庁舎から戻る翌月曜にあたり、秘書さんも登庁できない仮庁舎のホテルの一室から慣れないタイ語で祝賀会予定者に出欠確認の電話をしていたことを思い出します。当時のタイは中所得国の罠が懸念され、騒乱が起こる中でも、経済成長を続けることができ、2010年には世界銀行区分の高中所得国に分類替えになりました。

クロントゥーイの様子(2019年3月撮影)

 翌2011年3月には東日本大震災が発生し、タイ国内でも支援の輪が大きく広がりました。大企業や日本と縁の深い個人から多額の寄付をいただいたことは忘れられませんが、中でも日々の生活も楽ではないクロントゥーイに居住する方々が懸命に寄付を集め、大使館に寄付金を持参いただいたことは忘れられません。

 2011年10月にはチャオプラヤ川の洪水が深刻化しました。中流域で氾濫した大水は日速約5kmの速さで下流に近づき、10月初旬にはタイ中部の古都アユタヤ周辺に位置する7つの工業団地を飲み込み、約450社の日系企業を含む約800社が水没しました。カウンターパートのタイ国家経済社会開発庁(NESDB)に設置された洪水対策本部からの情報収集に励むとともに、現地企業の経営者とタイ政府を訪れ、タイ政府代表団の訪日に際しては政府要人面談を支援し、更には日本の国会議員のタイ視察出迎える、など事態の改善に向けて協力し対応したことが思い出されます。

 赴任前には想像できなかった事象が発生した3年間でしたが、現場での経験を通じて多くのことを学びました。困難に直面する都度、前向きに生活を続けようと努力する人々に出会い、また、お互いに困ったときには心から助け合う姿勢が各界トップから草の根市民までいきわたっていることがこの両国の絆の深さの源泉であり魅力であると感じています。そして、その背後には諸先輩方のご尽力の積み重ねがあることは言うまでもありません。タイ駐在中にも東部臨海開発や1997年通貨危機対応など、日本国政府や日系企業への謝意をタイ要人からお伺いする機会は何度も得ることができました。

 現在は私立大学の教員として教壇に立つ身となりましたが、こうした経験を基にタイへの経済協力がタイに与えた効果について博士論文を作成し、書籍として刊行することができました。また、タイへの学生引率を実施、現地NGOとの交流などを行いました。現在コロナ禍にあり、活動しにくい状況にありますが、コロナ明けにはタイとの交流を再開し、タイとの交流を続けていきたいと考えています。

文責 櫻井 宏明 (JTBF 広報委員)