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日タイビジネスフォーラム (JTBF)

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タイ国に駐在経験のある日本人ビジネスマン(現役&OB)が個人の立場で参加しています。これまでの日本・タイ国両国におけるビジネス経験を生かし、両国間友好関係の促進に寄与したいと考えています。


sketched by H. Murata
Mae Salong, Chiang Rai province


リレーエッセイ 第29回配信

2025年01月01日配信
JTBF 広報委員会

6年ぶりのタイで大気汚染について感じたこと

 2024年4月から、タイ国立開発行政研究大学院(通称NIDA)で、客員教授として研究活動をしています。NIDAは、日本人駐在員の方々が多く居住するバンコク中心部から東北東に10~15km離れた場所にあり、周辺には高い建物や工場などもなく、露店や青果店が広範囲に密集する市場が近くに存在します。

 

 さて、バンコクでは、時期的に、PM2.5濃度が健康被害を及ぼすほどに高くなってきています。NIDAは社会人大学院の機能も兼ねており、土日に授業が行われるのですが、NIDAが立地する郊外でも、1月最終週の授業は通学ではなく遠隔授業とすることになりました。バンコク全体でも、車利用から電車利用へのシフトを促すため、1週間の期限付きで、都市大量輸送交通(BTS・MRT・モノレール)が無料化されています。

 

 本稿を執筆しているのは、その無料期間中です。せっかく無料なので、BTSスクンビット線の南側で、2019年に延伸したサムローン(E15)からケーハ(E23)を各駅で降りてきました。この延伸区間は、本格操業前の2018年12月に、試運転期間として無料だった時期があり、実はこのとき、私は各駅で降りて周辺の様子を写真で撮っていました。そこから6年が経ち、各駅の様子がどのように変わったかを確認したかったという意図がありましたし、日本と同じような駅周辺開発が、この地域でも進んでいるのではないかとの期待もありました。

 

 結論から言えば、その期待を覆す光景がありました。新しく建設された商業施設などはほぼなく、高層住宅のようなものも、建設されている駅もありましたが、それでも1,2棟というところです。2018年の時点で立ち退きが進んでいたように思えた駅前の古い低層ビルも、地上階に生活感がちらほらあるだけで、廃墟化したままの状態で、BTSが走る下の幹線道路から一歩離れると、6年前と変わらないローカルな生活が続いています。ただし、チャーンエラワン駅(E17)の空き地は、古着やリサイクル品、ローカルな食事を提供するやや大規模な市場に変わり(写真1)、人々の生活を背伸びせずに支える施設は人々からも望まれるのだとも気付かされます。

 

 逆に、終点のケーハ駅(E23)では、行政当局の独りよがりの都市開発が失敗したようにも見えました。ケーハ駅周辺では、パークアンドライドを通じたバンコク都市部への車の流入抑制と、自転車利用を促すことによる地域のクリーンな移動手段の普及を狙った自転車専用通路建設が行われていました。パークアンドライドは、駅前駐車場の利用率の高さを見る限り、ある程度成功しているように見えます。しかし、2018年時点で整備されていた自転車専用通路は、別の何かに変えるべく工事をしている最中でした。工事が未着手のところまで歩くと、そこは、「自転車に注意」(写真2中の「ระวังจักรยาน」)という看板はもはやなく、バイク(モーターサイ)が、わざわざ幹線道路の中央分離帯でUターンするのを避けるためにか、自転車専用通路をひっきりなしに走る姿が見られます。この工事は、何に変えるものなのかはわかりませんでしたが、もし近隣住民のバイク専用道路になるのだとしたら、住民の欲望を満たすだけでクリーンな移動手段は実現せず、大気汚染対策という目的とは真逆の結果をもたらす事業になってしまうのかもしれません。

 

江川暁夫 桃山学院大学経済学部教授(兼NIDA客員教授)、元在タイ日本大使館勤務

※ 2025年2月1日配信


写真1:チャーンエラワン駅前(201812月と20251月)


写真2:ケーハ駅前(201812月と20251月)